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2021年8月7日土曜日

第31回資本論の学習 マルクス「資本論」第1巻 向坂逸郎役 岩波書店 第1篇商品と貨幣 第1章 商品 第1節商品の二要素 使用価値と価値(価値実体、価値の大いさ)

 第31回資本論の学習  マルクス「資本論」第1巻 向坂逸郎役  岩波書店  第1篇商品と貨幣

第1章 商品  第1節商品の二要素 使用価値と価値(価値実体、価値の大いさ)


資本のの学習8月になって初めての投稿となりました。オリンピックが始まったのでついついオリンピックを見てしまい時間が過ぎていきました。


今回鈴木ということで第一編の商品と貨幣46ページの1行目から48ページ1行目までとしました 。


商品として時計、麻布、鉄また靴墨、絹、金、小麦、 ダイヤモンドなどが出てきます。まだ表面的なところで、資本主義市場で取り扱われている現状を出しているところです。 



貨幣をより軽く改鋳することにかんする論策。 ロック氏の「考察」に答えて』ロンドン、一六九六年、二・三ページ)。

鉄、紙等々のような一切の有用なる物は、質と量にしたがって二重の観点から考察さるべきるのである。このようなすべての物は、多くの属性の全体をなすのであって、したがって、いろいろな方面に役に立つことができる。


物のこのようないろいろの側面と、したがってその多様な使用方法を発見することは、歴史的行動である。有用なる物の 量をはかる社会的尺度を見出すことあまたそうである。商品尺度の相違は、あるばあいには測定さるべき対象の性質の相違から、あるばあいには伝習から生ずる。


(三)「物は内的な特性(vertue これはバーボンにおいては使用価値の特別な名称である)をふっている。物の特性はどこに行ってら同一である。例えば、磁石は、どこにいって$鉄を引きつける」(同上、六ページ)。磁石の鉄を引きつける属性は、がその性質を利用して磁極性を発見するにいたって初めて有用となった。


一つの物の有用性〔すなわち、いかなる種類かの人間の欲望を充足させる物の属性。ーカウツキー版]は、この物を使用価値にする。しかしながら、この有用性は空中に浮かんでいるものではない。それは、商品体の属性によって限定されていて、商品体なくしては存在するものではない。だから、商品体自身が、鉄、小麦、ダイヤモンド等々というように、一つの使用価値または財貨である。


このような商品体の性格は、その有効属性を取得することが、人間にとって多くの労働を要するものか、少ない労働を要するものか、ということによってきまるのではない。使用価値を考察するに際しては、つねに、一ダースの時計、一ェレの亜麻布、一トンの鉄等々というように、それらの確定した量が前提とされる。


商品の使用価値は特別の学科である商品学の材料となる。使用価値は使用または消費されることによってのみ実現される。使用価値は、富の社会的形態の如何にかかわらず、富の素材的内容をなしている。われわれがこれから考察しようとしている社会形態においては、使用価値は同時に―交換価値の素材的な担い手をなしている。


(四)「あらゆる物の自然価値(natural worth)とは、必要なる欲望を充足させ、あるいは人間生活の快適さに役立つ、物の適性の ことである」(ジョン・ロック『利子低下の諸結果にかんする若干の考察』一六九一年、『著作集』版、ロンドン、一七七七年、


第二巻、二八ページ)。第一七世紀において、まだしばしばイギリスの著述家の間に,Worth“ を使用価値の意味に、,Value"を交換価値の意味に、用いるのが見られる。全く、直接的の事物をゲルマン系語で、反省的事物を口ーマン系語で言い表わすことを愛する言語の精神にもとづくのである。


(五) ブルジョア社会においては、すべての人は商品の買い手〔アドラツキー版には売り手。ェンゲルス版・カウツキー版・英語版・フランス語版およびディーツ版『全集』ではすべて買い手となっている。……訳者]として、百科辞典的商品知識をのっているという法的擬制(fictio juris)が、当然のことになっている。

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交換価値は、まず第一に量的な関係として、すなわち、ある種類の使用価値が他の種類の使用価値と交換される。比.率として、すなわち、時とところとにしたがっ、絶えず変化する(偶然の、||カウツキー版]関係として、現われる。


したがって、交換価値は、何か偶然的なるもの、純粋に相対的なるものであって、商品に内在的な、固有の交換価値(valeur intrinseque)というようなのは、一つの背理(contradictio in adjecto) のように思われる。われわれはこのことをもっと詳細に考察しよう。

(六)「価値は一つの物と他の物との間、


一定の生産物の量と他のそれの量との間に成立する交換関係である」(ルトゥローヌ

『社会的利益について』、『重農学派』デール版、パリ 一八四六年、八八九ページ)。


(七) 「どんな物でも内的価値というようなものをあつことはできない」(N・バー ボン『新貨幣をより軽く改鋳することに かんする論策』六ペ ー ジ)、またはバットラのいうように、

「物の価値なるものはそれがちょうど持ち来すだけのものである。」


一定の商品、一クォーターの小麦は、例えば、x量靴墨、またはy量絹、またはz量金等々と、簡単にいえば他の商品と、きわめて雑多な割合で交換される。このようにして、小麦は、唯一の交換価値のかわりに多様な交換価値を持っている。48ページ1行目



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