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2021年5月11日火曜日

序文に入ることになりました。後で「交換価値」変革の時代と『資本論』を追加予定

 第11回『資本論』の学習


新型コロナ感染症手の重症者数が1177人となり過去最高となっています。日本の政府の借金が1200兆円を超えて推移しており、 財政の立て直しなどが問題となってくるでしょう。ワクチン接種の動き出米国に向かう中南米の人が増えています。

 本日2021年5月11日株価が急落し13時時点で日経平均マイナス885演となっています。

マルクス『資本論』第一巻 向坂逸郎訳 岩波書店 1ページ 第1版への序文


 この著作は、859年に公にした私の著書『経済学批判』の続きであって、私はここにこの第一巻を読者に提供する。ものとこの続編との間には長い中絶を余儀なくされたが、これは私の長年にわたる病気が、私の仕事を幾度か中断させたからである。

 右の旧書の内容は、この第一巻の第1章要約されている。この要約は、関連を明らかにし遺漏のないことを期するだけのためにしたわけではない。叙述が改善されたのである。事情が許す限りは、以前にただ被災しただけに終わっている多くの点が、 ここでは詳しく述べられている。他方、逆に旧書で詳細に述べたところが、この著ではわずかに示唆だけに留まっている場合もある。価値理論と貨幣理論の歴史に関する諸節は、新著ではもちろん全部除いた。しかし、旧著の読者は、第一編の注で、これらの理論の歴史に対する新たな資料が提供されているのを見られるであろう。

 何事も初めが難しい、という諺は、全ての科学に当て はまる。第1章、特に商品の分析を含んで る節の理解は理解は、したがって、最大の障害となるであろう。そこで価値実態と価値の大いさとの分析をより詳細に論ずるに当たっては、私はこれをできるだけ通俗化することにした。完成した態容を貨幣形態に見せている価値形態は、極めて内容に乏しく、単純である。ところが、人間精神は2000年以上も昔からこれを解明しようと試みて失敗しているのに、他方では、これよりもはるかに内容豊かな、そして複雑な諸形態の分析が少なくとも近似的に成功しているというわけである。なぜだろうか?出来上がった生体を研究するより優しいからである。その上に、経済的諸形態の分析では、顕微鏡も科学的試薬も用いるわけにはいかぬ。抽象力なるものがこの両者に変わらなければならぬ。しかしながら、ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態は、経済の細胞形態である。巣養のない人にとっては、その分析はいたずらに小理屈を弄ぶように見えるかもしれない。事実上、この場合問題のかかるところは採蜜を極めている。しかし、それは、ただ顕微鏡的な解剖で取り扱われる問題が同様に細密を極めるのと少しも違ったところはない。


(1)F・ラッサールのシュツ゚ェをばくした書の一部は、 おのずからそれらの諸問題に関する 私の論述の「精神的精髄」を再現したにとどまるものであることを声明しているのだが、この一節すら重大な誤解を含んでいるだけに、この通俗化かがなおさら必要と思われたのであった。ついでながら、F・ラッサールは、あれの色々な経済的労作の、例えば資本の歴史的性格、生産書関係と生産様式との関連、等々に関するすべての一般的理論的命題を、ほとんど言葉通りに私の案出した専門用語に至るまで、私の著書から取り、しかも典拠をかけていないのであるが 、こうしたやり方は、おそらく宣伝の点を顧慮してそうせざるを得なかったのであろう。もちろん私は彼の財布の論述や適用方法について述べているのではない。これらの事は私の少しも関するところではないのである。

 なお、「通俗化することにした」という文句と「完成した態容・・・」の間には『資本論』第1版には左のような一節がある。この一節は再販以後に収められた第1版序文では取り除かれている 。モスクワの「マルクス・レーニン主義研究所」版 (アドラッキー版)、ディーツ゚版にも書かれている。最も。第2版では本文の叙述が改められ付録がなくなっている。

「勝携帯の分析においては事情が異なる。それは、弁証法が最初の虚実におけるよりもはるかに鋭く現れているから、理解に困難である。だから、私は、弁証法的思考にあまり慣れていない読者には、15ページ(上から19行目)から34ページの終わりまでの一説をすっかり省略すること、その代わりに、この巻に付け加えられ ている付録”価値形態”を読むことを勧める。そこでは問題をその科学的な言い方が許す限り簡単に、また学校教師風にすら叙述しようと試みである。付録を読み終わったならば、読者は再び35ページから本文を読み続けられたい。」 3ページ1行目まで


前書きに出てくる人物「福田豊」は見られないので「鎌倉孝夫」で調べたところ、その中に「福田豊」を発見できた。


鎌倉 孝夫(かまくら たかお、1934年2月23日 - )は、日本の経済学者。埼玉大学名誉教授東日本国際大学名誉教授・元学長。

 

略歴[編集]

東京都出身。マルクス経済学者の宇野弘蔵に学び、宇野の死後は鈴木鴻一郎大島清岩田弘大内力橋本寿朗降旗節雄大内秀明桜井毅山口重克らとともに宇野学派の研究者の一人とされる。宇野のいわゆる三段階論(原理論・段階論・現状分析)を研究し、宇野原論をより一貫化し、また宇野派国家論の提起を受けて、国家論を展開した(『国家論のプロブレマティク』, 1990)。宇野学派の原論(『経済原論』,1964)の理解には、大きく分けて二つの方向があり、一つは形態関係=歴史的論理重視の立場であり、もう一つは純粋資本主義のモデル的理論への純化の方向を志向する立場がある。これに対して、宇野原論の理論と方法の真意を探りつつ、これを止揚(aufheben)する試みとして『経済学方法論序説』(1974)を著した。イデオロギーと科学の立場を明確に区別し、科学としての経済学が経済学原理として確立しうるかを客観的に確定するとともに、原論の論理を概念自体と概念間の論理的関連の明確化によって確立することにより、「資本主義経済の運動法則の理論的な解明」を図ることが、長年の研究の目的でもあった。その成果については、主著『資本主義の経済理論―法則と発展の原理論―』(1996)にまとめられている。近年では、原論の論理的規定が資本主義の発展の極限としての株式資本と土地価格を論理的に解明することを目指し、金融資本(投資家重視の株主資本主義)と土地と株式のバブル的騰貴と崩壊を説明する理論としての規定化を試みている。

勤務大学では「経済原論」および「金融論」を主に担当していた。

1960年代から70年代にかけて社会主義協会で活発に理論活動を行った。1982年11月福田豊とともに『現代資本主義と社会主義像』(河出書房新社)を刊行、協会内部で論争を巻き起こした。このため協会活動から遠ざかるが、福田豊と異なり退会はしなかった。1980年代以降、一貫してチュチェ思想を支持する立場に立っており、雑誌『キムイルソン主義研究』やその後継誌『金日成・金正日主義研究』などにたびたび論文を発表している。現在もキムジョンイル著作研究会全国連絡協議会代表世話人、チュチェ思想国際研究所理事[1]を務める。日朝友好への貢献が評価され、朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会より親善勲章第1級を授与されている。

ソビエト連邦を批判していた。協同組合をつくったり、地域社会の中でお互いに支え合いながら生きていくという共同体の関係が社会主義であるとしている。

三里塚闘争成田空港問題)でも著書『成田空港の「公共性」を問う―取られてたまるか!農地と命』を出版しており、また三里塚芝山連合空港反対同盟(反対同盟)北原派[2]の裁判では尋問にも出席している。

学歴[編集]

  • 1956年3月 埼玉大学文理学部卒業

  • 1958年3月 東京大学大学院社会科学研究科修士課程修了

  • 1961年3月 東京大学大学院社会科学研究科博士課程退学

1968年3月 経済学博士(東京大学)

2021年5月10日月曜日

第11回『資本論』の学習 目次、単純な価値形態、資本論学習の注意点、人物『長坂聡』価値についてレーニン著

 第11回 『資本論』の学習 

今日のニュース「菅首相宣言延長は感染高水準で判断 五輪パラ実現が責務


菅総理大臣は、衆議院予算委員会の集中審議で緊急事態宣言の延長について新規感染者数が高い水準にあり、大阪や兵庫などは病床の逼迫も続いていることから延長を判断したと説明しました。

また東京オリンピック・パラリンピックの開催を巡り、国民の命と健康を守りつつ、安全で安心な大会が実現できるよう全力を尽くすことが、自らの責務だと強調しました。




ウラジーミル・レーニンロシア語: Влади́мир Ле́нин、1870年4月22日1924年1月21日)は、ロシアおよびソビエト連邦革命家政治家哲学者。本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ (ロシア語: Владимир Ильич Ульянов)であり、レーニンは筆名(#筆名も参照)。


マルクス『資本論』第1巻 向坂逸郎訳 岩波書店 目次の続きとなります。




第23章 資本主義的蓄積の一般法則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・769

第1節 資本組成の不変な場合における蓄積に伴う労働力需要の増加・・・・・・・769

第2節 蓄積とそれに伴う出席との進行中における可変資本部分の総体的現象・・・・780

第3節 相対的過剰人口、または産業予備軍の累進的生産・・・・・・・・・・・・・789

第4節 相対的過剰人口の種々の存在形態、資本主義的蓄積の一般法則・・・・・・804

第5節 資本主義的蓄積の一般法則の例解・・・・・・・・・・・・・・・・・・・813

a  1846年-1866年のイギリス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・813

b イギリス工業労働者階級の低賃金層・・・・・・・・・・・・・・・・・・・821

c 移動民・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・833

d 恐慌が労働者階級への最高給に及ぼす影響・・・・・・・・・・・・・・・・836

e イギリスの農業プロレタリアート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・844

f アイルランド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・875


第24章 いわゆる本源的蓄積・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・894

第1節  本源的蓄積の秘密・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・894

第2節 農村住民からの土地の収奪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・898

第3節 19世紀末以来の被収奪者に対する血の立法、労働賃金を引き下げるための諸法律

                              ・・・・・・919

第4節 資本主義的借地農業者の生成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・926

第5節 工業への農業革命の反作用。農業資本のための国内市場の形成・・・・931

第6節 産業資本家の生成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・936

第7刷 資本主義的蓄積の歴史的傾向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・949


第25章  近代植民地理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・954




簡単な価値形態 (独 einfache Wert form)

Ⅰ)ひとつの商品の価値を他の商品の使用価値で表したもの、例えば1丁の斧=20 kg の穀物 1丁の物の価値は20 kg の穀物に等しい。この場合には、1丁の斧20 kg の穀物と交換されており、1丁の斧を生産するために必要な労働量が20 kg の穀物を生産するために必要な労働量と交換されており、 1丁の斧の価値は20 kg の穀物によって表されている。

 ここでは20 kg の穀物は1丁斧の価値が目に見える姿を取ったもの、すなわち1丁の斧の価値形態または交換価値である。1丁の斧が20 kg の穀物と交換され、1丁の斧の価値が20 kg を穀物で表されるのは、1丁の斧を生産するために社会的に必要な労働量と20 kg の穀物を生産するために社会的に必要な労働量とが等しいからである。

 そしてこの場合、1丁の斧(その価値を他の商品で払わされる法の商品)は相対的価値形態にあるといい、20 kg の穀物(他の商品の価値を表す方の商品)は等価形態にあると言う。あるいは等価物であると言う

Ⅱ)等価形態の特徴は、第一に20 kg の穀物の使用価値がその対立者である価値の現象形態(目に見える姿)になるということであり、第2に20 kg の穀物を生産する具体的労働がその対立者である抽象的人間労働の現象形態になるということであり、第3に、20 kg の穀物を生産する私的労働が。その対立物杖ある直接に社会的な形態の労働となるということである。

直接に社会的な形態の労働になるのは、具体的労働が抽象的人間労働の現象形態(目に見える姿)となって、全ての他の労働者と直接に交換され得るものとなるからである。

Ⅲ)交換は、初めには原始共同体と原始共同体との間で、ひとつの生産物を他の生産物と直接に交換するという形で行われた。簡単な価値形態は、交換のこの最初の段階に照応するものである。〔文献 《資本論》Ⅰp、134から56 《資本論初版》原書 p、106から36 


(マルクス経済学辞典 宮川実 青木商店 41頁 簡単な価値形態から引用)

 

 

 

変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ 『経済』編集部編20ページ(4)『資本論』

の学習上の注意点

ー『資本論』を学ぶ上での注意点について、アドバイスをお願いします。


◎「ひとつの芸術的全体」の書

 まず、マルクス自身が読者に与えた注意を紹介しましょう。

マルクスは、『資本論』の著述に関して多くの手紙を書いていますが、その中で「私の著作の長所は、それが一つの芸術的全体をなしていることだ」(エンゲルスに当て)『(この著作の目的は)叙述の仕方そのものによって凡俗を武装解除することだ」、「このような大きな、そして部分的に 難解な著作は、読破と消化とのための時間を必要とする」(クーゲマン当て)と述べています。

 このマルクスの指摘から伺えるように、『資本論』の特徴はまずそれが「ひとつの芸術的全体」と言われるように非常にちょうだいな理論的体系をなしていて、しかも「叙述の仕方そのものによって凡俗を武装解除する」と言う自然と社会及び人間の思考について科学的なものの見方を縦横に駆使した。科学的に高度に現実が叙述の仕方に貫かれていることです。ですから、その有名さに惹かれて何気なく手にしてみたくらいの気構えでは、読みきれないのはむしろ当然です。

 つまり『資本論』』を読破し、理解するには、 科学の芽を身につけるためにはどんな労苦もいとわないぞという覚悟を持って、「読破と消化のために時間を要する」、と言われるように相当の長い時間をかけて読む、理解できるまでは繰り返してでも読むことが必要です。

 こういうわけで、マルクスは、『資本論』第一部の「フランス大判への助言のあとがき」で、「いつでも結論を焦るフランスの読者層」が読み続けるのが嫌になりはしないかと心配して、あらかじめ次の注意を与えました。「学問にとって平坦な大道はありません そして学問の険しい今日をよじ登る方法を恐れない人々だけが、その輝く頂上にたどり着く幸運にめぐまれるのです」と、マルクスの注意は、『資本論』を学ぶにあたっての文字通りの「座右の銘」として各人の胸に刻み込んでおくのに値するものです。


(変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ 『経済』編集部編20ページ『資本論』の学習上の注意点 より引用しました)


『資本論』第一巻 向坂逸郎氏によるまえがきに出てくる人「長坂聡」です。




今日の学習の追加をいたします。 


カール・マルクス他  ヴェ・イ・レーニン著 国民文庫=128 大月書店

全集刊行委員会訳 27ページ5行目から「価値」


「商品とは、第1に、人間の何らかの欲望を満たすものである。第2に、それは他の物と交換されるものである。 物 の有用性は、そのものを使用価値にする。

 交換価値(または単に価値)は、まず第1にある種類の使用価値のある数が他の種類の使用価値のある数と交換される割合、比率である。日々の経験が示すところでは、何百万件、何十億円というような交換が、多種多様な、互いに全く比較しようのない、ありとあらゆる使用価値を、絶えず 互いに等しいものとしている。

 では、特定の社会関係の体制の中で絶えず互いに等しいものとされているこれらの種々 様々な物の間には、どういう共通点があるのか?それらに共通するのはそれが労働生産物だということである。人間は、多種多様な労働を互いに等しいものとしているのである。

 商品生産は個別的な生産者たちが様々な生産物を作り(社会的分業)、 そしてこれらの生産物の全てが交換の際に等しいとされる、そういった社会関係の体制である。したがって、全ての商品の中に存在する共通なものとは、特定の生産部門の具体的労働ではなく、一定種類の労働ではなく、抽象的人間労働、人間労働一般である。

 全ての商品の価値の総和に表されるある社会の総労働力は、一個同一の人間労働力である。無数の交換の事実がこのことを証明している。したがって、一つ一つの商品は社会的必要労働時間のある分量を表すに過ぎない。価値の大いさは、社会的必要労働の量、つまりその商品、その使用価値の生産のために社会的に必要な労働時間によって決定される。

 「人々は彼らのあい異なる種類の生産物を、交換において価値として互いに等しいとすることによって 、彼らのあい異なる労働を人間労働を通して互いに等しいものとする。彼らはそれを意識してはいないが、そのように行うのである」。価値とは二人の人の間の関係である。とある昔の経済学者は言った。彼はただこう付け加えるべきであったのだ、ー物の外被に覆われた関係、と。価値とは何かということは、ある特定の歴史的な社会構成体の 社会的生産関係の体制しかも何十億回となく繰り返される大量的な交換現象に現れている諸関係の体制と言う見地から、これを見たときに、初めて理解できる。「価値としては、全ての商品は、一定量の凝結した労働時間に過ぎない」。商品に体現された労働の二重性を詳しく分析した後マルクスは価値形態と貨幣の分析に移っている。

 ここでマルクスの主要な課題は、価値の貨幣形態の期限を研究すること、個別的、偶然的な交換行為(「単純な、個別的な、または偶然的な価値形態」つまりある1商品の特定の量が他の1商品の特定の量と交換される場合)から始まって、多くのあい異なる商品が一個同一の特定の商品と交換される 一般的価値形態に至るまで、そして金がこの特定の商品すなわち一般的等価物となる勝の勝携帯に至るまで、交換が展開してきた歴史的過程を研究することである。

 交換及び商品生産の発展の最高の産物である貨幣は、私的労働の社会的性格を、市場によって結合された個々の生産性の間の社会的連関を曖昧にし、覆い隠す。

 マルクスは、貨幣の種々の機能に極めて詳しい分析を加えているが、その場合、ここでも(『資本論』のはじめの諸省章について一般に言えることであるが)抽象的な、時には純演拓えき的なものに見える叙述の型式が、実際には交換及び商品生産の発展の歴史について膨大な地形的材料を再現していることに、注意することが特に大切である「貨幣は、・・商品交換のある水準を前提とする。貨幣の特殊的な諸形態ー単なる商品等価物、または流通手段、 または支払手段、蓄蔵貨幣、及び世界貨幣ーは、そのあれなりこれなりの機能の行われる範囲が異なるに従い、またどの機能が総体的に優越するかに従って、社会的生産過程の極めて様々な段階を表示する」(『資本論』第一感)。 


(カール・マルクス他 レーニン著 国民文庫=128 大月書店275行目からページから29ページ9行目まで「価値」 から引用しっました。

 次回から「資本論』第一巻に入ることになります。 まずは序文から始まります。


2021年5月8日土曜日

第10回 『資本論』の学習 価値法則 価値尺度、価値章標、

 第10回『資本論』の学習です。今回は目次の続き、価値の続きで価値尺度、価値章票 価値法則

変革の時代と『資本論』は18ページ(3)科学としての経済学の最高傑作『資本論』それが明らかにしたこと。となる予定です。


フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels、1820年11月28日 - 1895年8月5日)は、 プロイセン王国社会思想家政治思想家ジャーナリスト実業家共産主義者、軍事評論家、革命家、国際的な労働運動の指導者。

盟友であるカール・マルクスと協力して科学的社会主義の世界観を構築し、労働者階級の歴史的使命を明らかにした。マルクスを公私にわたり支え、世界の労働運動革命運動、共産主義運動の発展に指導的な役割を果たした。(wikipediaより引用)





マルクス『資本論』第一巻 向坂逸郎訳 岩波書店 を 使用しています。


第5扁 絶対的剰余価値と相対的剰余価値の生産・・・・・・・・・・・・・・627

第14章 絶対的剰余価値と相対的剰余価値・・・・・・・・・・・・・・・・627

第15章 労働力の価格と剰余価値と量的変動・・・・・・・・・・・・・・・630

第1節 労働日の大いさと労働の強度とが不変で(与えられていて)労働の生産力が可変である場合・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・651

第3節 労働日と労働の生産力とが不変で、労働の強度が可変である場合・・656

第4節 労働の持続、生産力、強度、同時に変動する場合・・・・・・・・・・659


第16章城陽市立の種々の表式・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・664


第6扁 労働賃金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・669

第17章 労働力の価値または価値の労働賃金への転化・・・・・・・・・・・669

第18章 時間賃金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・679

第19章 出来高賃金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 689

第20章 労働賃金の国民的差異・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・700


第7扁 資本の蓄積過程・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・707

第21章 単純再生産・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・709

第21章 剰余価値の資本への転化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・726

第1節 拡大された規模における資本主義的生産過程、商品生産の所有法則の

    資本主義的に領有法則への転換・・・・・・・・・・・・・・・・・726

第3節 拡大された規模における再生産に関する経済学の謬見・・・・・・・737

                   謬見(びゅうけん)あやまり意見

第4節 資本と収入とへの剰余価値の分割比率から独立して、蓄積の大きさを規定する諸条    件、労働力の搾取度ー労働の生産力ー充用される資本と消費される資本との差額の   増大ー前貸資本の大きさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・751

第5節 いわゆる労働基金


まえがきに登場する人物  野田弘英


1941 年 3 月 25 日 福岡県大牟田市に生まれる 学 歴 1959 年 3 月 福岡県立三池高等学校卒業 1963 年 3 月 九州大学経済学部卒業 1965 年 3 月 九州大 学大学院経済学研究科修士課程修了(経済学修士) 1968 年 3 月 九州大 学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学 1984 年 2 月 九州大 学 経済学博士 主な職歴 1968 年 4 月 九州大学経済学部助手 1969 年 4 月 熊本商科大学(現,熊本学園大学)商学部専任講師 銀行論担当 1971 年10月 熊本商科大学助教授 1977 年 4 月 埼玉大学経済学部助教授 金融論担当 1986 年12月 埼玉大学教授 1993 年 4 月 埼玉大 学大学院経済科学研究科修士課程(新設)教授 金融論担当 1997 年 3 月 埼玉大 学退職 名誉教授 1997 年 4 月 東京経済大学経済学部教授 現代資本主義論担当 2001 年 4 月 経済学部改革委員会委員長(〜2004 年 3 月) 2002 年 4 月 経済学部長(〜2004 年 3 月) 2003 年11月 非常勤講師資格規定等検討委員会委員長(〜2004 年 3 月) 2011 年 3 月 東京経済大学定年退職 名誉教授


1.著書 単著 『金融資本の構造―『金融資本論』研究―』新評論,278 頁,1981 年 10 月 (博士学位論文) 共著・分担執筆 1.飯田裕康,鈴木芳徳,高山満,野田弘英 著『金融資本論入門』有斐閣,201 頁,1977 年 11 月,第 4 章「金融資本と自由競争の制限」,pp87 − 116 担当 2.鈴木芳徳編『金融論』ミネルヴァ書房,328 頁,1995 年 4 月,第 4 章「景気変動と金融 機構」,第 6 章「ビッグ・ビジネスの時代」,第 7 章「株式会社制度」,第 8 章「証券市場 と証券価格」,pp46 − 61,pp80 − 121 担当 2.論文 「金融政策の展開」,竹村脩一編『金融経済論』有斐閣,所収,1968年2月 「『金融資本論』の研究―「総カルテル」論の特質―」,九州大学『経済学研究』第 34 巻第 4 号,1968 年 10 月 「ヒルファディングの貨幣・信用理論」,熊本商科大学『熊本商大論集』第 31 号,1970 年 7 月(後に金融学会編『金融論選集』第 18 巻採録) 「ヒルファディングの金融資本理論の特質」,金融経済研究所『金融経済』127 号,1971 年 4 月 「中央銀行金融政策の形成過程」,『熊本商大論集』第 34 号,1971年9月 「ヒルファディングの擬制資本論(1)」,『熊本商大論集』第 36 号,1972年4月 「ヒルファディングの擬制資本論(2)」,『熊本商大論集』第 38 号,1973年4月 「「配当と創業利得」について」,『熊本商大論集』第 39 号,1973年6月 野田弘英教授年譜ならびに主要業績目録 ― 6 ― 「ヒルファーディングとレーニン」,経済学史学会西南部会編『経済学史研究』ミネルヴァ書 房,所収,1973 年 10 月 「金融資本概念に関する一考察」,熊本商科大学『海外事情研究』第 3 巻第 1 号,1975 年 3 月 「金融資本と銀行制度」,高木暢哉編『銀行論』有斐閣,所収,1975年5月 「独占形成と株式会社(上)」,『熊本商大論集』第 46 号,1975年9月 「独占形成と株式会社(中)」,『熊本商大論集』第 49 号,1976年7月 「独占形成と株式会社(下)」,埼玉大学『社会科学論集』第 41 号,1978年3月 「ヒルファディング『金融資本論』の理論的特質」,高木暢哉編『経済学史の方法と問題』ミ ネルヴァ書房,所収,1978年4月 「現代の金融政策」,竹村脩一・玉野井昌夫編『金融経済論<新版>』有斐閣,所収,1978 年 5 月 「資本信用に関する一考察」,『社会科学論集』第 43 号,1979年3月 「通貨と信用」,『社会科学論集』第 45 号,1980年3月 「『金融資本論』における通貨と信用」,高木暢哉編『現代の貨幣・金融』ミネルヴァ書房, 所収,1980年6月 「鋳貨と銀行券」,『社会科学論集』第 46 号,1980 年 12 月 「銀行制度と株式会社」,『社会科学論集』第 47 号,1981年3月 「「金本位制復帰論」の背景を探る(上)IMF 体制下における金とドルの関係」, 『世界経済評論』第 26 巻第 5 号,1982年5月 「独占化と銀行支配−『金融資本論』の構成との関連−」,『社会科学論集』第 51 号,1983 年

(都合により省略しています)


マルクス経済学事典 宮川実 青木書店

価値尺度(独 Mass der Werte

Ⅰ)貨幣商品は、金魚や小麦や小鳥や綿布や鋸や鉄や機械など全ての商品にその価値を表すための材料を提供する。これが価値尺度たる機能(働き)である。全ての商品の価値は一定量の金で表される。10反の綿布=8 G の金、一個の時計=24 G の金、一トンの鉄=48 G の金、この8 G の金、24 G の金、48 G の匁の金はそれぞれ商品の価格である。匁(もんめ)

Ⅱ)金が価値尺度たる働きをすることができるのは、綿布や時計屋鉄と同じように、金もまた価値だからである。

 価値としては、金は、綿布や時計や鉄と全く同じものである。長さを測るには長さを保ってしなければならず、重さを測るには重さは思ってしなければならない。長さを重さで測ることはできない。それと同じように、諸商品の価値を測るには価値をもってしなければならない。金が諸商品の価値を測ることができるのは、それ自身価値だからである。

Ⅲ)金が価値尺度たる働きをするためには現実の金は少しも必要でない。 10反の綿布の価値を8 G の金で表すためには、 の金で表すためにはただ の金で表すためにはただ頭の中で考えられた金(観念的な金)があるだけで十分である。しかしこういうことができるのは、商品生産者会では全ての商品が現実に金と交換されているからである。

Ⅳ)商品の価格は貨幣となる商品が何であるかによって、その大きさが違う。例えば一足の靴の価値は、貨幣商品が金であるか銀であるかによって、 異なる価格で表される。例えば靴の価格が金価格では5000円、銀価格では15万円というように、→〔文献《資本論》Ⅰp、203から9 《経済学批判》  青木 p 80から7〕


価値章票(独 Wertzeelchen)、貨幣章票(独Geldzeichen)紙幣は金(貨幣商品)を表すから、金章標(貨幣を表すもの)であり、貨幣章標(花柄を表すもの)である。金は、それ自身一定量の価値を持っており、紙幣は金の価値を表すから価値章票(価値を表すもの)である 。紙幣が価値章標であるのは、商品の価値を表すからではない。紙幣は直接には金を表し、ただ間接にのみ商品の価値を表す。 (文献 《資本論》Ⅰp、235 《経済学批判》 青木 p、 150から2 


価値法則 (独 Wertgesetz)


Ⅰ)諸商品の交換の基準になる商品の価値はその商品を生産するために社会的に必要な労働の分量によって決まるという法則である。マルクスは、〈諸商品はそれを生産するために社会的に必要な労働の分量を基準として交換されるという法則である〉と言っている。〔文献

《資本論》Ⅲp、38、p、43から67〕 


Ⅱ)価値法則は商品生産のあるところでは常に作用するが、資本主義的生産の基礎上でのみ完全に展開する。〔文献 《資本論》Ⅰp、840〕


Ⅲ) 価値法則は商品の交換を規制する。商品が日々に市場で売買される価格は市場価格である。商品の市場価格は、その商品に対する需要と供給との関係によって高くなったり低くなったりする。需要が供給より大きい時は高くなり、供給が需要より大きい時は低くなる。しかし少し長い期間を取ってみると、 市場価格は一つの中心価格を基準にしてその上下を動揺し市場価格がこの中心価格よりも高くなると供給が需要より大きくなって、市場価格はこの中心価格の方に引き下げられ、 市場価格がこの中心価格よりも低くなると、需要が供給よりも大きくなって、市場価格はこの中心価格の方に引き上げられる。 ということが分かる。この中心価格は、単純商品生産の場合には価値であり、資本主義生産の場合には価格の転化した生産価格である 。

 少し長い期間を取ってみれば、結局、諸商品はそれらの価格を基準にして、互いに交換され合っている。価値が変動すると、価格もまた変動する。〔文献 《資本論》Ⅰp、176、Ⅲp、269〕 


Ⅳ)価値法則は、商品生産社会の生産諸部門の間に社会が持っている生産手段の労働力を分配する作用をする。どんな社会であろうと、いやしくも社会が存続するためには、その社会が必要とする靴や洋服や鉄や石炭や機械のようなすべての物質財貨が、社会の必要とする分量で大豆生産されねばならない。そしてこれらの物質的財貨が社会の必要とする分量でたえず生産されるためには、社会が持っている労働力と生産手段との全体が、これらの生産諸部門の間に、社会の需要とこれらの生産諸部門の生産力に応じて(社会の需要に正比例し生産諸部門の生産力に反比例して )、適当に分配されなければならない。

 そして商品生産社会では、社会の労働力と生産手段との生産諸部門の間へのこの分配は、社会主義社会の場合のように、社会の何らかの中央機関によって意識的計画的に行われるのではなく、価値法則の作用によって自然発生的に行われている。

 この社会では生産の無政府性と自由競争の法則が支配し、ここの商品生産者たちは、他の商品生産者たちがどんな商品をどんな分量で生産するかを、前もって知ることなしに、盲目的に生産し、製品を市場に売り出して競争する。その結果、ある商品はあまりに多く生産され、他の商品はあまりに少なく生産されることになる。しかし商品があまりに多く生産された部門では、供給が需要よりも大きくなるために、商品の価格はその価値(資本主義の場合には生産価格以下に下がり、生産は縮小され、労働力と生産手段とのこの部門での使用はそれだけ少なくなる。これに反して、部門があまりに少なく生産された生産部門は需要が供給より大きくなるために価格は価値(資本主義では生産価格)よりも高くなり生産が拡大され労働力と生産手段のこの部分での使用はそれだけ多くなる。こうして商品生産社会では価格が絶えず価値(資本主義社会では生産価格)を中心として動揺するために 、社会が持っている労働力と生産手段とは生産諸部門のあいだに再分配される 。

 しかし一度再分配で労働力と生産手段との生産諸部門の間への分配が社会の需要と生産諸部門の生産力とに応じた適当なものになるわけではない 。

 生産に無政府状態が支配しているために、絶えず行き過ぎが行われ、昨日まで商品があまりに多く生産されていた生産部門では、今日は生産が過度に縮小され、この商品の供給は需要に対して不足するようになり、価格が価値より高くなり、そのため明日はまた生産が適度に拡大されるという有様である。

 こうして社会が持っている労働力と生産手段の生産諸部門のあいだへの分配は、いつも不適当に行われているが、価値法則はこの不適当な分配を変えず適当な分配に引き戻す力として作用している。

 そのため少し長い時間を取ってみれば、適当な分配の平均として適当な分配が貫かれているのである。〔文献 《資本論》Ⅰp、59、


Ⅴ)商品生産社会では、生産諸力の発展が価値法則に基づいて行われる。ここの商品生産者たちは、商品を生産する場合、自分の儲けをできるだけ大きくするために、商品の生産品をできるだけ小さくしようとする。商品の価値は、その商品を生産するために社会的に必要な労働の分量によって決まるのであるから、一人の生産者が技術を改良して、その商品を生産するために個人的に必要な労働時間を、社会的に必要な労働時間よりも短縮しても、この改良された技術が普及するまでは、その商品の価値はもとのままである。そのためにこの商品生産者は、社会的に必要な労働の分量 (社会的価値)との差額を手に入れることができる。

 そのため商品生産者等は、この差額を手に入れるために技術の改良を行う。しかし改行された優れた技術が普及してしまえば、社会的価値が、小さい個別的価値の水準まで下がって、両者の差額は消えてしまうから、商品の生産者たちは、この差額を手に入れるために、絶えず他人よりも前進し、もっと新しい技術を採用せざるを得ない。こうしてこの社会では、生産諸力の発達は、価値法則に基づいて行われる。


Ⅵ)価値法則は単純商品生産を分解して資本主義も発生させる。単純商品生産者の商品の価格は、それを生産するために社会的に必要な労働の分量によって決まるから技術水準の高い生産者は小さい個別的価値の商品(小さい労働の生産物)を大きい社会的価値で得ることができるので、次第に富み、技術水準の低い生産者は大きい個別価値の商品を小さい社会的価値で売らねばならないから、資材に貧乏になる。

 こうして価値法則の作用によって、単純商品生産 分解し、資本家と労働者が現れる〔文献 レーニン〈ロシアにおける資本主義の発達〉全集第3巻p、138以下、レーニン(共産主義の左翼小児病)みかん先週第一分冊 p、8〕


Ⅶ) 社会主義社会でも価値法則は作用するが、その作用は制限されている。〔文献 《経済学教科書》Ⅲp、70062から8〕


ⅷ) 人民民主主義のもとでも価値法則は作用するが、その作用は制限されている。

〔文献 《経済学教科書》Ⅳp、982から4〕 


(マルクス経済学辞典 宮川実  青木書店  価値尺度29ページから30ページ

価値章標 30ページ 価値法則30ページから32ページ より引用しました)



変革の時代と『資本論』18ページ(3)科学としての経済学の最高傑作『資本論』、それが明らかにしたこと

ー労働価値説を理論的基礎としている『資本論』とはどういう本ですか


◎『資本論』全体の基礎をなす第1部


 完成された労働価値説を理論的基礎とした『資本論』は、正しく科学としての経済学の最高傑作です。『資本論』は、第一部「資本の生産過程」、第2部「資本の流通過程」、第3部「資本主義的生産の総過程 」、の前3分から成り立っています。マルクスの予定では、この他に「剰余価値学説史」と言われる走行を第4部に当てるつもりでした。第一部は、マルクス自身によって編集され、その初版は1867年に出版されました。第2部と第3部は、マルクスの死後、エンゲルスにより編集され、出版されました。

 この全3部からなる『資本論」全体の基礎をなしているのはマルクス自身によって編集され、「一つの独立の著作」と言われる第一部ですマルクスは『資本論』第1部(初版)の序言で 「近代社会の経済的運動法則を暴露することがこの著作の最終目的である」と言っていますが、第1部部を学べば、「この著作の最終目的」である近代社会すなわち資本主義社会の経済的運動法則を理解することができます。そこで、ここでは、『資本論』扁別構成とそこで明らかにされたことをもっと簡潔に示し『資本論』第一部を学ぶ人のポケットサイズの案内図としましょう。

 

  1. 「商品・貨幣論(第1部)」。ここでは今お話しした労働価値説が述べられ商品の価値の 正体、貨幣の正体、したがってまた商品の価値を規定する価値法則が明らかにされています。

  2. 「貨幣の資本への転化論(第2扁)」。ここでは、資本主義のもとでは、人間の労働力も商品となっており、商品としての労働力の価値は、労働者の家族を含めた生活に必要な一定量の生活手段の価値に帰結することが明らかにされ、賃金の正体は労働力の価値であることが明らかにされています。

  3. 「剰余価値論(第3、4,5扁)。『資本論』の「要石」と言われる扁です。、まず資本主義の生産過程は 音による労働者の労働力の使用の過程であること、この過程での労働者の労働は、具体的有用労働として生産のために消費(生産的消費)された生産手段の価値( c)を生産された商品に移転するとともに、抽象的人間労働としては、労働力の価値に等しい価値(v)とそれを上回る余分の価値すなわち剰余価値(m)を生産することが明らかにされています(ですから、商品〔資本主義商品〕の価値は、 C + V + M となります)。この常陽勝ちこそ資本家が手に入れる利潤の正体なのです。 資本家はより多くの剰余価値=利潤を生産するためには、資本家は次の二つの方法をとることが明らかにされています。

一つは、労働日を延長するという方法で、絶対的剰余価値の生産と言われます。もう一つは労働の生産力と強度を増大するという方法で、相対的剰余価値の生産と言われます。 


 (4)「賃金論(第6扁)」。ここでは、労働者が自分の労働力を時間決めで(1日8時間という労働力の使用時間を限って)売るので、労働力の価値=価格は、「労働の価値=価格」すなわち賃金と言う形態を取ること、そこで賃金の単価が安いほど労働者はより長い時間労働をせざるを得ないこと、また労働者が長い時間労働をすると今度は賃金の単価が切り下げられること、このように低賃金と長時間労働大臣が相互に規定の関係にあること、が明らかにされています。

(5)「資本蓄積論(第7扁)」。剰余価値を資本に転化することを、資本の蓄積と言います。資本家は、手に入れた剰余価値=利潤の一部分を自分の生活ために消費(個人的消費)しますが、他の部分を元の資本に付け加える。すなわち蓄積します。その結果、資本の規模は大きくなります。従って資本の蓄積過程は、資本の拡大再生産の過程です。

 「資本蓄積論」では、資本の正体は、蓄積された剰余価値であることが明らかにされ、また資本の蓄積過程は資本主義の生産関係そのものの拡大再生産過程であることが明らかにされます。次に資本の蓄積過程では、資本の有機的構成( C/V) が高まるので,労働者階級の一部が相対的過剰人口(失業者/半失業者)になること、そのことをてことして、資本家階級の側には資本としての富が蓄積され、労働者階級の側には様々な形態の貧困が蓄積されていくこと、が明らかにされています。


◎資本主義=剰余価値を取得する生産関係 


 以上のような『資本論』大中で明らかにされた商品の経済法則を理解するならば、それによって身につけた科学の目を持って、資本主義とは資本家が労働者が生産した剰余価値=利潤を不払いで取得する(搾取する)生産関係であること、労働の社会的生産力が増大し、商品としての富が増大していく(今流行りの言葉で言えば「経済成長」)中で、資本家の側には資本としての富が蓄積されていく (「会社」という姿を取った脂肪が益々大きくなっていく)のに、労働者の側には、長時間労働、低賃金、失業、半失業(不安定就業)など様々な形態の貧困が蓄積されていくのは、消して人々の心がけが悪かったためでも、努力が足りなかった為でもなく、資本主義の経済法則に規定されて必然的に起こったことであることを、見抜くことができます。この点に『資本論』の魅力があるのです 。


(変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部編 18ページ6行目から20ページ16行目まで 引用しました) 


米 苦労様でした。最後に「価値法則」ネット上では どんな説明がされているか調べてみたくなりました。wikipediaから調べましたのでご覧ください。


商品価値というものは、その商品を生産するために社会的・一般的な抽象的人間労働の必要量(社会的必要労働時間)によって規定される。例えばx量の商品Aを生産するために必要な社会的・平均的・一般的な抽象的人間労働の量が2時間であり、y量の商品Bでは1時間である場合、商品の持つ社会的な価値は一つである(「一物一価」の原理)ため、x量の商品Aはy量の商品Bと比較すれば二倍の価値を持つことが分かる。この価値量によって生産物の交換比率が規定され、交換価値が社会的労働の比例的な配分が実現される。


『資本論』第1巻の 目次の方は、次回で終わることになりそうです 。そうしますと序文の方に入ることになります 。自分は1ページから41ページまであるので、 読み進めていきたいと考えています。 

 交換と交換価値と言うことについて、辞典で調べたいです。 相対的価値形態と等価形態です。 

 



 



注目

『資本論』の学習第234回第3巻資本主義的生産の総過程第1部第5篇利子と企業者利得地への利潤の分割。 利子付き資本第25 章 信用と空資本

  5 資本論第3巻第5篇・第25章「信用と空資本」は、資本主義が高度に発展した段階で現れる** 金融の仕組みと“見かけの資本”**を分析する重要な章です。少し抽象的ですが、現代の株式市場 やバブル経済を理解する鍵にもなります。 ■ 全体のテーマ この章の核心はシンプルに言うと:...

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