第25回『資本論』の学習 マルクス『資本論』第一巻 向坂逸郎訳 岩波書店27ページ
英語版への序文
変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部編 新日本出版社 35ページ25行目から
英語版の序文
。
ようご
『資本論』の英語版を出すについて、あらためて理由を述べる必要はない。反対に、数年来、この書に主張されている理論が、定期刊行物や時事文献の中で、イギリスでおアメリカでめ絶えず論ぜられ、攻撃され擁護され、説明され誤解されてきたのであるのを見れば、なぜこの英語版が、今日までのびのびになったかということこそ、説明が求められてしかるべきであろう。
1883年、著者の死後まもなく、この著の英語版が実際に必要だということが明らかにされたとき、マルクスやこの文の筆者の永年の友人であって、おそらく他の何びとよりもこの書自身に精通しているサミュエル。ムア氏は、この翻訳を引き受ける用意のあることを述べた。そしてこの翻訳を公けにすることは、マルクスの遺言執行者たちの切に望んでいたところであった。
次のように結着した。私は草稿を原本と比較して、私が適当と考えるような変更を提案するというのである。ムア氏の本職の方の仕事に妨げられて、われわれすべてが希望していたように早くこの翻訳を了れないということが、次第にわかってきたとき、われわれは、仕事の一部を担当しようというドクター・エイヴリングの申し出を喜んで受けた。同時に、マルクスの末娘のエイヴリング夫人は、引用を照合し、多数のイギリスの著者や青書からとって、マルクス自身でドイツ語に翻訳した個所の原文を、復元しようと申し出られた。このことは、若干のやむをえない例外を別として、通して行なわれた。
本巻の次の部分はドクター・エイヴリングの翻訳になる。一、第一〇章(「労働時間」)および第一一章(「剰余価値の`率と量」) 28ページ1行目まで
変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部編 新日本出版社
35ページ(3)叙述の後方に注意して最初の章を読む
弁証法的唯物論を適用した『資本論』の叙述の方法、言い換えれば経済学の理論の展開方法は、多くの研究者によって「上向法」と呼ばれています。
「上 向法」とは、理論上、資本主義社会の生産関係を組み立てている経済学の諸概 念または諸範時 (商品、貨幣、資本、利潤、利子、地代、など)のうち、その基礎にあるもっとも抽象的な概念から順次により具体的な概念(より抽象 の度合いが低い概念)へと、ちょうど山の麓から頂に向かって一歩一歩上に登 っていくように,経済学の理論を展開していく(叙述していく)という方法です。
『資本論』第一部についてみると、資本という概念を明らかにするには、
り抽象的な貨幣という概念を明らかにしなくてはならないし、貨幣という概念
を明らかにするためには、より抽象的な商品という概念を明らかにしなくては
なりません。
実際に、資本は貨幣の存在を前提として生まれたものですし、貨幣は商品の存在を前提として生まれたものだからです。この「上向法」によっ て、「資本論』の叙述は、資本主義社会の生産関係という山の基盤をなしている「もっとも抽象的な概念」である商品からはじまって、商品→貨幣(貨幣である商品→資本(剰余価値を生む貨幣)→資本の蓄積 (剰余価値の資本への転化)という順序で進められるのです。
『資本論』を正確に学ぶためには、『資本論』がこのような「上向法」によって叙述されていることによく注意しておか なくてはなりません。
ところで、マルクスは、『資本論』第一部の「序言(初版への」」で、「すべて最初が困難である」というドイツの諺は 「どの科学にも当てはまる」と言って、「上向法」によって叙述されている「資本論』すなわち「商品 章)」のところが ・貨幣論(第1篇)」のところ、も、その「最初」のところ、 とりわけその「商品論(第1章)」のところが、「もっとも困難である」と言っています。
では、なぜ困難なのでしょう。それは、商品が資本主義社会の「経済的細胞」だからです。
人間の身体の構造や運動を理解するのには、まず身体を形成している細胞 (何億という細胞のーつ)の正体を明らかにしなくてはなりません。
しかし、人間 の運動を観察したり、分析するよりも、直接には見えない、動かない細胞を、顕微鏡や試薬を使って分析することの方が、退屈であり、骨が折れまそれとおなじように、資本主義社会の「経済的細胞」といわれる商品を取りだしてきて、分析し、その商品の価値という肉眼では見えないものを捉えることは、退屈であり 、骨が折れます。
しかも、商品を分析しその商品の価値を捉えるのには、顕微鏡や試薬はものの役に立たず、人間の頭脳の抽象力(研究対象であるものの正体〔本質〕を取りだしてくる頭脳の力)を使わなくてはならないので、大変に骨が折れます。
しかし、細胞の正体を理解したときに、人間の身体の構造と運動を根本から解明する糸口がつかめるのとおなじように、商品の正体を理解したときに、資本主義社会の経済的構造と経済的運動を根本から解明する糸口がつかめるのです。
こういうわけで、『資本論」をはじめて読む人は、商品を分析した第1章を
非常に難しく思い、一度読んだくらいでは十分に理解できないかも知れませ
ん 。
しかし、マルクスもこの「最初の章」は「もっとも困難」と言っているわ
けですから、それはむしろ当然なのです。ですから、さきほどのマルクスの注
意を「座右の銘」として、『資本論』という巨峰を登るのには、その登山口の
ところに「商品論」という最も険しい岩壁があるのだと覚悟して、「頭脳の抽
象力」をよく磨いて使いながら、十分に時間をかけて読むことが大切です。
こうして、「商品・貨幣論」という岩壁を登ると、後は坂道の傾斜も緩くなり、
理論の展開方法は、多くの研究者によって「上向法」と呼ばれています。
「上向法」とは、理論上、資本主義社会の生産関係を組み立てている経済学の諸概
念または諸範疇(商品、貨幣、資本、賃金、利潤、利子、地代、など)のうち、その基礎にあるもっとも抽象的な概念から順次により具体的な概念(より抽象の度合いが低い概念)へと、ちょうど山の麓から頂に向かって一歩一歩上に登っていくように、経済学の理論を展開していく(叙述していく)という方法です。
『資本論』第一部についてみると、資本という概念を明らかにするには、よ
り抽象的な貨幣という概念を明らかにしなくてはならないし、貨幣という概念
を明らかにするためには、より抽象的な商品という概念を明らかにしなくては
なりません。
実際に、資本は貨幣の存在を前提として生まれたものですし、貨幣は商品の存在を前提として生まれたものだからです。この「上向法」によって、『資本論」の叙述は、資本主義社会の生産関係という山の基盤をなしている「もっとも抽象的な概念」である商品からはじまって、商品→貨幣(貨幣である商品) →資本(剰余価値を生む貨幣)→資本の蓄積(剰余価値の資本への転化)という順序で進められるのです。
足も山道になじんできて、『資本論」という山の景色も一歩一歩と見えてくる
のです。
(4) ) 全体の構成と各篇・章・節の位置をつかむ
④『資本論』の各篇・各章・各節の理論的に抽象的な性格を理解し、『資
本論』の全体の構成における各篇・各章・各節の位置と理論的なつながりを
つねにはっきりさせながら読め。
『資本論」は、「上向法」という「叙述の方法」によって、抽象的な概念から
より具体的な概念へと順次に理論的な分析を進めていきます。したがって、各
篇・各章・各節は、それぞれ前の箇所より具体的で後の箇所より抽象的である
という理論的に抽象的な性格をもっています。
たとえば、第一部第1篇の「貨幣論」での貨幣は貨幣となった金という商
品であり、それをもとに発行される国家紙幣です。したがって、「貨幣論」で、
いきなり現代の通貨である不換銀行券を取り上げるというわけにはいきませ
ん。しかし、まず「貨幣論」を理解し、それを理論的基礎としたうえでなけれ
37ページ30行目まで
0 件のコメント:
コメントを投稿