第27回「資本論」の学習 マルクス『資本論』向坂逸郎訳 岩波書店 英語版への序文30ページ2行目から
ころなかと言われている中で、ワクチン接種が全国規模で行われています。東京都の新型コロナ5人死亡435人感染者がありました3日連続前週曜日を上回りました。このような中で、最低賃金の議論が行われるのですが、この中で企業の経営が心配だと言う議論が優先 されているようです。
企業の経営を心配するのは、昔からあるいい方です。それより労働者の置かれている状況を考えれば、一円でも多く打ち上げをして、生活に苦しむことがないようにすべきでしょう。まだまだ企業あっての労働者意識というのが、勝っているように思われます。
これから、企業は守られるでしょうが、労働者は茄子茄子苦しいことになる可能性の方が高そうです。
『資本論] の学習は、今回は少し長めに運用しました。「第4班にの冒頭部分が入っています」 あと3回ほどで自分については終わりたいと考えています。その後の学習方針について 、商品について進めるか 。序文にありましたように、「価値」について先に進めるかということです。
のものであると見る著者たちの慣れている表現とちがった表現を用いざるをえないということは、当然のことである。
著者の引用法について一言するのは、決して不適当ではあるまい。大多数の場合、引用は、本文で提起された主張にたいする文献的証拠という通常の仕方でなされている。しかし、多くのばあいにおいて、経済について書く著者たちから引用される個所は、いつ、どこで、誰によって、一定の見解が最初に明瞭に語られたかということを示すためにちなされているのである。このことは、次のような場合に起こる。すなわち、そこでは引用された見解が、一定の時代に主として存する社会的生産と交換の諸条件を多少と適当に表現するものとして、重要であるのであって、そのばあい、その見解をマルクスが承認するかどうかということ、あるいはその見解が一般的に妥当であるかどうかということは、全く別のことなのである。したがって、これらの引用は、この科学の歴史から得られる標注として本文を補足している。
われわれの翻訳は、わずかにこの著作の第一巻にあたっているだけである。しかしながら、この第一巻は、高い程度においてそれ自身として全体をなしている。そして二〇年の永きにわたって独立の著作と考えられた。私が1885年にドイツ語で刊行した第二巻は、第三巻なしには決定的に不完全である。第三巻は1887年末以前には公刊できない。もし第三巻がドイツ語原本で刊行されたならば、その時、この両巻の英語版の準備について考慮しても、決して遅くはない。
『資本論』は、大陸ではしばしば「労働者階級の聖書」といわれている。この書で獲られたいろいろの結論が、ドイツやスイスはいうに及ばず、フランス、オランダおよびベルギーにおいても、アメリカにおいても、またイタリアやスペインにおいてさえも、日ごとに次第々々に労働者階級の偉大なる運動の基礎的な原理となっているということ、
どこに行ってる労働者階級がこれらの結論において、次第にその地位と努力のおっと適当な表現を容認していること、このようなことは、この運動を熟知している者の何びとや否定しないところであろう。そしてイギリスにおいても、マルクスの諸理論は、まさにいま、社会主義的運動にたいして強力な影響を与えている。この運動は「知識人」の間において」、労働者階級の間に劣らず普及しつつある。しかし、これで全部だというのではない。イギリスの経済状態の根本的な研究を、不可抗の国民的必要事としてせざるをえない時代が、急速に迫っている。イギリスの産業体制の活動は、生産の、したがって市場の不断の急速な拡大なくしては不可能であるが、いま休止状態にはいろうとしている。自由貿易はその源を潤渇せしめてしまった。 マンチェスターすら、自分のかつてのこの経済的福音に懐疑的となっている。急速に発展する外国の産業は、いたるところで、イギリスの生産にたいして真正面にそびえ立っている。ただに関税で衛られた市場においてだけでなく、中立の市場でる、さらに英仏海峡のこちら側においてさえも。生産力は幾何級数的に増大するのに反して、市場の拡張は、せいぜいで算術級数で進んでいる。1825年から1865年にいたる間つねに繰り返された停滞、繁栄、過剰生産よび恐慌という一〇年の循環は、たしかにそのコースを走り終えたように思われる。その結果は、ついにわれわれを、継続的で慢性的な不況という絶望の泥沼にもっていってしまったのだ。好景気という待ちこがれた時期はこないだろう。われわれはあんなにもしばしば好景気を予告する徴候を見たと信じた。しかし、あのようにしばしばそれは空しく消え去った。その間、くる冬るくる冬新たに問題が繰り返された、「失業者をどうする?」と。しかし、一方失業者の数が年々増大しているのに、この問題に答えうる人は一人もいない。そしてわれわれは、失業者たちが我慢しきれなくなり、その運命を自分の手で決定する時点を、
算定することができるようだといってもよい。この瞬間においてこそ、確かに一人の人の声を聞くであろう。その人の全理論は、イギリスの経済史と経済的状態の研究に、全生涯をかけた成果であり、またこの研究は、彼を次の結論に導いていったのである。すなわち、少なくとやヨーロッパにおいては、イギリスが全く、平和的な合法的な手段をもって、不可避的な社会革命を遂行しうる唯一の国であるということである。ちちろん彼は、次のように付け加えるのを決して忘れなかった。自分はイギリスの支配階級が「奴隷制擁護の反逆」(proslavery rebellion“)$しないで、この平和的合法的革命を甘受するであろうとは期待しないと。
(二) 今日午後に催されたマンチェスター の商業会議所の四半期集会に際して、自由貿易問題にかんする活発 な討論が行なわれた。次のような趣旨の決議が提出された。すなわち、「他の諸国民がイギリスの自 只 易の例に倣うであろうということを、四0年待って無駄であった。そして、会議所はいまやこの立場を 変更すべき時がきていると考える」というのである。決議はわずかに一票の多数をぬって否決された。 投票数は賛成二一、反対二二であった(『イヴニング・スタンダード』1886年一月一日)。
1886年一月五日
フリードリヒ・エンゲルス
第4班に
第四版を出すについて、私のしなければならぬことは、本文ならびに脚注をできるだけ最後的に確定することであった。この要請にたいして私がどの程度に従ったかについては、簡単にいえば次の通りである。すなわち、
私は、フランス語版とマルクスが自分で書いておいた覚書を、いま一度比較したのち、前者からなお若干の補足をドイツ語本文に採用した。それは、八〇ページ (第三版八八ページ)、四五八―四六〇ページ(第三版五〇九一五一〇ページ)、五四七一五五一ページ (第三版六00ページ)、五九一一五九三ページ (第三版六四四ページ)、および五九六ページ (第三版六四八ページ)注七九等に見られるのである。同じく私は、フランス語版と英語版の先例にしたがって鉱山労働者にかんする長い注(第三版五〇九五一五ページ)を本文に入れた(第四版四六一四六七ページ[ディーツ版、五一九一五二五ページ。向坂訳、六二二―六三一ページ])。その他の小さな変更は、純粋に技術的な性質のものである。
※この版ではこれらの個所は、一三〇、五一七一五一九、六一〇一六一三、六五五十六五七、六六〇の諸ページにある。
ディーツ版編集者〔向坂訳ではこれらの個所はそれぞれ、第一巻、一五一一一五二ページ、六一九一六二二ページ、七三二ー七
三六ページ、七八七十七九○ページ、七九二七九三ページに当たる。 …訳者]。
さらに、私はなお若干の説明的な補足注を加えた。とくに、それは歴史的諸事情が変化して、このことを必要とするように見える個所である。すべてこれらの補足注は角カッコに入れておいた。そして私の頭文字または『D・H』【編集者」という印をつけておいた。 33ページ最終行まで
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