2021年5月7日曇り
「資本論」の学習 第一感の目次の続きとなります。
今回、準備として「価値」について学びます。変革の時代と「資本論』は史的唯物論と労働価値説となります。価値というところで、重なりました『資本論』を学習するのは、理解しておきたいところです。目次につきましては、あと2回ほどで終わりたいです。
価値について、次は価値尺度、価値標章、価値法則などです。
変革の時代と『資本論』は科学としての経済学の最高傑作『資本論』それが明らかにしたことー労働価値説を理論的基礎としている『資本論』とはどう言う本ですか。
となります。
また前書きにあった人物の調査については途中で止まっていますが次回から、調べられる人は調べてみたいと思います。ルソー、スミス、リカードなども登場してきますが、あまりに有名なので必要ではないかと判断を迷っています。
ネット上で調べると言いましても、まだまだ満足の行く 検索結果とはならない実情があるようです。前回の資本論の学習の時も、 たくさんの人物を調べることができました。2年ほど経過したのですが、それほど大きな進歩は期待できませんでした。
自分で調べるとなると、大きな図書館でないと満足の行く調査はできないように思います。
第4編 相対的剰余価値の生産・・・・・・・・・・・・・・405
第10章 相対的剰余価値の概念・・・・・・・・・・・・・405
第11章 協業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・417
第12章 分業と工場手工業・・・・・・・・・・・・・・・434
第1節 工場工業の二重記念・・・・・・・・・・・・・・・434
第2節 部分労働者とその道具・ ・・・・・・・・・・・・ 437
第3節 光城工業の二つの基本形態—異種的工場手工業と有機的工場手工業
・・・・・・441
第4節 工場施工業の分業と社会内の分業・・・・・・・・・452
第5節 工場手工業の資本主義的性格・・・・・・・・・・・463
第13章 機械装置と大工業・・・・・・・・・・・・・・・・474
第1節 機械装置の発達 ・・・・・・・・・・・・・・・・474
第3節 生産物に対する機械装置の価値移転・・・・・・・・492
第3節 機械系映画労働者に及ぼす第一次的 影響・・・・・・・502
a 資本による補助的労働力のり領有婦人労働と児童労働・・・ 502
b 労働日の延長・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・512
c 労働の強化・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・514
第4節 工場 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・532
第6節 労働者と機械との競争・・・・・・・・・・・・・・・・543
第6節 機械装置によって駆逐された労働者に関する保証説・・・555
第7節 機械装置の発達に伴う労働者の反発と索引。綿業恐慌・・567
第8節 代行業による工場手工業、手工業、家内労働の革命・・・561
a 手工業と分量とに基づく協業の廃業・・・・・・・・・・・・581
b 工場手工業と家内労働上野工場制度の反作用・・・・・・・ 583
c 近代的工場手工業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・585
d 近代的家内労働・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・588
e 近代的工場操業および家内労働の大工業への移行。これらの経営洋式に対して、工場法を適用することによってなされたこの革命の促進・・・・・・・593
第9節 工場立法(保険・教育条項)イギリスにおけるその一般化
・・・・・606
第10節 大工業と農業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・632
目次は今回はここまでとなります。準備として「価値」について学びたいと思います。
価値(独 wert 英 value)
Ⅰ)商品の他の商品と交換されるという性格である。
Ⅱ)価値の実態は労働である。
一足の靴=2本の万年筆という交換においては、靴と万年筆とは、使用価値(人間の欲望を満たすもの)としては、全く質的に異なる二つのものである。
質的に違う使用価値であるからこそそれらは互いに交換される。使用価値の等しい二つの生産物は交換される必要はない。だから一足の靴と2本の万年筆が交換において等しいとされている場合には、靴と万年筆との使用価値が等しいとされているのでは決してない。
商品の交換においては、商品の使用価値は捨象(度外視)されている。それでは、靴と万年筆との交換において、靴と万年筆との双方に存在して互いに等しいとされているものは何であるか。それはこの所有者が人間の労働の生産物であるということである。
万年筆とは、どちらも人間の労働の生産物であって、この点において両者は互いに等しいものである。靴と万年筆とが交換される場合、靴=万年筆とされているのは、実は労働生産物としても靴が労働生産物としての万年筆に等しいとされているのである。つまり、靴の生産者が靴を生産するために費やした労働が万年筆の生産者が万年筆を生産するために費やした労働と、等しいとして交換されているのである。
商品生産社会では、靴と万年筆とは別々の私的生産者 (直接には自分の利益のために生産するもの)によって生産されており、靴の私的生産者は靴を万年筆の私的生産者のために生産し、万年筆の私的生産者は、万年筆を靴の私的生産者もために生産している。
つまり靴の私的生産者は、万年筆の私的生産者のために、万年筆の私的生産者は靴の私的生産者のために労働している。
そして彼らは、各々の労働を、靴と万年筆という労働生産物の形で、つまり対象化された労働(物体の形をとった労働)として、交換しているのである。しかし、よく考えてみると、靴を生産する労働は、皮を切って縫い合わせる労働であり、万年筆を作る労働は軸を作りペン先を取り付ける労働であって、それぞれ一定の特殊な目的と作業様式と原料と労働手段とを持って行われる具体的労働である。
それらは、決して等しい労働ではなく、質的に異なる労働である。だから靴を生産する労働と万年筆を生産する労働とが等しいものとして交換されるのは、具体的労働、(一定の特殊的な目的として作業様式と原料と労働手段をもって行われる労働)としてではない。しそしてかし靴を生産する労働と万年筆を生産する労働とは、どちらも人間の頭脳、筋肉、神経、手などの生産的な支出であるという点では、すなわち生理学的意味の人間労働力の質であるという点では、等しいのである。
だから靴と万年筆との交換において両者のうちに含まれている等しいとされている労働は、靴を生産する労働と万年筆を生産する労働とからそれらの具体的な諸形態を捨象した労働、ただ単に人間の労働力の生理学的意味を支出というだけの労働である。という労働を抽象的人間的労働と言う。
それが抽象的労働と名づけられるのは、靴を生産する労働とか万年筆を生産する労働とかいうような、一定の有名な個体的な性格が捨象されているからであり、人間労働というのは、労働がここではただ人間労働力の支出としてのに計算されているからであり。、
人間労働というのは、労働がここではただ人間労働として支出としてのみ計算に入るからであるだから商品の価値はこういう捨象的人間労働が生産物を取ったもの、生産物に凝結したもの、対象化したもの、物の姿をとったものに他ならない。だから価値とは、人間の労働関係(生産関係)の物6の関係として現れたものである〔文献 レーニン〈カール・マルクス〉全集第21巻p、48、エンゲルス〈カール・マルクス著経済学批判〉 青木《経済学批判》 p、267
Ⅲ)価値の大きさは社会的に必要な労働の分量によって決まる。 そして労働の分量は、労働時間の長さによって測られ、。だから一足の靴=2本の万年筆という場合には、一足の靴を生産するために社会的に必要な労働の分量(例えば10時間分の労働)が、2本の万年筆を生産するために社会的な必要のな労働の分量( 例えば10時間分の労働)と、等しいとされているのであ、。 ここに〈社会的に必要な〉というのは、次のことを意味する。
商品生産社会では、社会が存続していくために必要な靴屋万年筆や機械など全ての物質的財貨は、この社会が持っている何千万かの個々の労働力からなる総労働力によって生産されている。
そして社会のこの総労働力は社会のすべての精算書部門に、 例えば靴の生産部門に50万の労働力、万年筆の生産部門に30万の労働力と言うように、それぞれ配分されており、ここの労働力は総労働力の1肢体(1部分)たる資格しか持っていない。個々の労働力は、どれも、一つの同じ社会的労働力の肢体として、他の個々の労働力と同じ人間労働力である。そしてここの労働力は、ただこういう個人差を度外視された社会的平均的労働力としてのみ、価値を作るのである。だから商品の価値を作る労働は、その商品を生産するために個人的に必要な労働の分量ではなくて、社会的に必要な(その社会が必要とする)労働の分量である。
同じ種類の商品(例えば靴)の一つ一つは、どれもみな、社会がこの種の商品の総量—例えば何十万足という靴の全体ーを生産するために費やした一つの同じ社会的労働(何十万時間かの労働)の一部分(何10万分の一)かを表しており、同じ大きさの価値を持つのである。だから、もしも一足の靴を生産するために社会的に必要な労働時間が10時間であるとすれば 、ある個別的生産者が、不熟練のためか、あるいは生産設備の悪いために、12時間を要するとしても、その12時間の労働は、この社会では10時間たる資格を持つに過ぎず、10時間分の価値しか作らない。
Ⅳ)社会的に必要な労働時間の大きさは、その社会におけるその時の標準的な生産諸条件(生産技術)と社会的に平均的な労働の熟練度および強度とをもって、その商品を生産するために必要な労働時間によって決まる 。例えば靴の生産者の中に、
1)社会的平均よりも悪い設備を持って生産しているものと
2)社会的平均的な設備をもって生産しているものと
3)社会的平均よりも優れた設備を持って生産しているものとの
三つがある、一足の靴の価値の大きさはこれらすべての生産者群が靴の生産に費やす労働の総量を割ったものに等しい。そうして得られる平均的な大きさは、
1)市場に最も多量の靴を供給する生産者群が一足の靴を生産するために事実上費やす労働の分量に近いものであり、
2)その他の群な一足の靴の生産に事実上を費やす労働の分量よりも離れて、大きいか、あるいは小さいからである。
Ⅴ)以上述べたような、商品の価値の大きさは、その商品を生産するために社会的に必要な労働の分量によって決まる。 という経済学の法則は、価値法則と呼ばれる。〔文献 《資本論〉》Ⅰp、119から20〕
(マルクス経済学事典 宮川実 青木書店 27ページから29ページ 価値、具体的労働、抽象的労働、社会的に必要な労働の分量、価値法則 より引用しました)
変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ「経済」編集部編
14ページ (2)史的唯物論と労働価値説
ーそもそも社会主義者・、経済学を研究し『資本論』を著したのは何故でしょうか。
◎経済学の研究「生涯 の事業」としたマルクス
社会主義者・革命として多忙を極めていた若いマルクスが、大学に勤めたわけでもないのに、経済学の研究を「生涯のの事業」どうした本当の訳を申しましょう。
マルクス以前の時代の主要な社会思想は彼のフランス大革命を思想的に準備した啓蒙主義の思想でしたルソーなどの啓蒙主義者は、人間は他の動物と違って自然や社会の合理性、物事の善悪を判断することができる理性を持っている、その理性を保って審判すると、資本主義の社会こそ人間の本性にかなった合理的で永遠の正義が行われる社会である、
そういう意味で「理性の国」であると考えました。つまり資本主義の社会と経済制度を啓発された人間の理性によって発見され、与えられたもの、一度与えられたら以後はに続く続くものと捉えたのです。
啓蒙主義Wikipediaより
〚啓蒙思想(けいもうしそう、(英: Enlightenment、仏: Lumières、独: Aufklärung)とは、理性による思考の普遍性と不変性を主張する思想。その主義性を強調して啓蒙主義(けいもうしゅぎ)ともいう[1]。ヨーロッパ各国語の「啓蒙」にあたる単語を見て分かるように、原義は「光で照らされること」である。自然の光(ラテン語: lumen naturale)を自ら用いて超自然的な偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促すという意味である。
時代的に先行するルネサンスを引き継ぐ側面もあり、科学革命や近代哲学の勃興とも連動し、一部重複もするが、一般的には専ら(経験論的)認識論、政治思想・社会思想や道徳哲学(倫理学)、文芸活動などを指すことが多い。17世紀後半にイギリスで興り、18世紀のヨーロッパにおいて主流となった。フランスで最も大きな政治的影響力を持ち、フランス革命に影響を与えたとされる。ヨーロッパで啓蒙思想が主流となっていた17世紀後半から18世紀にかけての時代のことを啓蒙時代という。〕
ところが、まもなく資本主義のもとで予想もしなかった労働者の貧困と無知が生じたのを見て、サン・シモン フーリエ、オーエン を代表する投手の社会主義者は、どうも話が違うのではないか、私たちが考案した未来社会、すなわち社会の主要な生産手段を社会の全員で所有(社会的所有)し、全員が共同して労働する社会、従って階級のない社会、一言で言えば社会主義(共産主義)の社会こそが、「理想の国」「自由の国」であると主張しました。
サン・シモン Wikipediaより
生涯[編集]
シャルルマーニュの血統を引くというフランスでも高位の貴族の末裔としてパリに生まれる。遠縁の親戚に『回想録』を著したサン=シモン公爵ルイ(英語版)(Louis de Rouvroy、duc de Saint-Simon、1675年 - 1755年)がいる。
宮廷人として必要な教育と軍事教練を経て、16歳でラファイエットの義勇軍の士官としてアメリカ独立戦争に参加し、合衆国の産業階級の勃興に感銘を受けている。既にその当時パナマ運河の建設計画を考案していることをみても、サン=シモンの関心が主として産業と商業の諸問題に向けられていることがわかる。帰国して退役する。フランス革命の恐怖政治の時期にはリュクサンブール宮殿に幽閉されたが、1794年に釈放される。晩年は貧困に苦しみ、1823年に自殺を企てている。
サン=シモンの諸説は後代の社会主義学説の発想をほとんど含んでいて、生前は認められなかったが、弟子のバルテルミ=プロスペル・アンファンタン(英語版)とサン=アマン・バザール(英語版)などによって、サン=シモン主義と称する半ば宗教的な教説として世界の社会思想に影響を与えた。サン=シモンの社会研究の態度は高弟コントに受け継がれ、実証主義社会学として結実した。またフランス皇帝となったナポレオン3世はサン=シモン主義の信奉者であり、フランス第二帝政期には産業重視政策が取られた。
思想[編集]
詳細は「サン=シモン主義」を参照
サン=シモンの教義の核心は、富の生産を促進することが社会の重要な任務であり、したがって産業階級は貴族と僧侶よりも重要な要素である。一国の行政は市民の才能に任されねばならない。財産権は政治憲法よりも、社会の基礎を形作る上で重要な法である。彼は「50人の物理学者・科学者・技師・勤労者・船主・商人・職工の不慮の死は取り返しがつかないが、50人の王子・廷臣・大臣・高位の僧侶の空位は容易に満たすことができる」との言葉を公にし、1819年に告訴されている。この生産を営む階級の重視が、サン=シモンを「テクノクラートの予言者」と評価させる部分である。
しかしサン=シモンの場合、資本家と労働者は等しく産業階級であり、その対立は問題とされない。1810年代イギリスの労働者の反乱であるラッダイト運動に着目はしているが、「資本の所有者はその精神的優越によって、無産者に対して権力を獲得した」との見解を持ち続けた。労働者は自ら自由を獲得すべき存在ではなく、使用者によって保護されるべき存在なのである。サン=シモンはレッシングの『人類の教育』に感化され、1819年以降はキリスト教の道徳を産業社会に適用する方策を夢想した。すなわち、新しいキリスト教は礼拝や形式から脱却して、人間は互いに兄弟として行動し、富者は貧者を救済すべきである、とする人道主義へと傾いた。
このように両者の思想の中身は違いましたが、「理想の国」「自由の国」を発見し、与えようという考え方(思想形式)は同じだったのです。ですから、当時の社会主義者たちは、現実には一体誰がどのようにして社会主義を実現するのかという肝心かなめの点を明らかに出来ませんでした。そこで、彼らの実際の運動は、せいぜい自分が描いた未来社会(社会主義社会)の設計図を当時の権力者や資本家の所に持ち込み、その「理性」に訴えて、採用してもらうと言った、誠にむなしい努力に終わりました。
このようにして彼らは社会主義思想は一つの空想、いわば「絵に描いた餅」に止まっていたのであり、労働者階級の運動と結びつくこともありませんでした。こういうわけで、マルクスとエンゲルスは、彼らの社会主義思想を空想的社会主義と呼んだのです。
◎史的唯物論=科学的社会観をうち立てて
若かったマルクスは、盟友エンゲルスと協力して、このような啓蒙主義者と空想的社会主義者の社会観、(社会と歴史についての見方)を批判し、乗り越える中で、史的唯物論または唯物史観と言う)科学的な社会観を打ち立てました。
その社会観の大事な点をここでの話に必要な限りもうしましょう。
先ほどの話につなげていいますと、人間は「労働する動物」であるとともに「社会的動物」です。人間はある社会の生産関係に入り込み、その下で労働するとともに、その社会全体で労働の生産力(社会的生産力)を増大させて行きます。社会的生産力が増大していくと、その社会の生産関係はやがて社会的生産力の性格と発展水準に照応しない、今や生産力の増大を妨げる古臭いものになってしまい、そこで一つの社会革命を経て、社会的生産力の性格と発展水準に照応した 次のような高度な社会の生産関係に取って代わられます。
このように人間の意志や思想から独立に存在する社会の生産力と生産関係の矛盾を原動力として、人間社会の歴史的発展過程は、原始共産制社会、奴隷制社会、封建制社会、資本主義社会という社会を順次に経過してきたのです。 なお、奴隷制、封建制、資本主義という人々の階級に分裂している社会(階級社会では社会の生産力と生産関係の矛盾は、生産力の発展を担う階級と現在の生産関係の保持に勤める階級との間の階級闘争となって現れ、この階級闘争こそが社会の発展の生きた原動力なのです
このような史的唯物論と言われる科学的な社会観から見ると、資本主義の社会と経済制度は、人間の理性などによって与えられ、以後永遠に続くものではなく、人間の意思からは独立な人間社会の歴史的発展の法則に基づいて、必然的に発生し、発展し、やがて没落する、歴史的に過渡期なものであると捉えられます。
このように資本主義の社会は経済制度と歴史的に過渡的 なものと捉えると、社会主義者は、資本主義の発展過程そのものの中に、ひとつの社会革命を経て資本主義を社会主義に取り替える社会勢力と物質的条件を満たさなくてはなりません。
そこで、社会主義者であり革命家であったマルクスは、史的唯物論を「導きの糸」として経済学の研究に向かい、科学としての経済学・『資本論』を著し、資本主義の発展家庭で数をまし、工場制度の中で訓練され、組織され、都市生活の中で啓発されていく労働者階級こそ、社会主義を実現できる力を持った社会勢力であり、従って 、社会主義の実現は、労働者階級が資本の支配から自らを解放し、社会主義社会という新しい階級のない社会の主人公になる運動と一体であることを明らかにしたのです。
このように、マルクスは、史的唯物論と経済学にによって、社会主義思想を「空想」ではなく「科学的に証明された思想」に発展させたのです。社会主義思想を「空想」から「科学」ヘと発展させた、ここに『資本論』の魅力の一つがあります。私達がマルクスの思想と学説の全体すなわちマルクス主義を科学的社会主義と呼ぶのもこういうわけです。
◎マルクスによって仕上げられた労働価値説
さて、いよいよ『資本論』お話に行きましょう。科学として経済学の理論的な基礎をなしているのは、先にお話しした商品の価値に関する諸学説の一つである労働価値説という経済学説です。労働価値説は、スミス、リカードを代表としているイギリス古典派経済学によって創始されました。まだよちよち歩きで頼りないところがありましたが、「科学としての経済学の生誕」です。
労働価値説は、イギリス古典派経済学を批判的に継承した 曲によって完全なものに仕上げられました。多くの試練を乗り越えて堂々たる大人になった「科学としての経済学の確率」です。マルクスによって仕上げられた労働価値説とは次のような学説です。
労働の生産物である商品は、使用価値と価値という二つの要因から成り立っており、この二つの要因の統一物です。使用価値とは、米は食べれば食欲を満たすというような人間も何らかの欲望を満たすという意味で有用なことです。
価値とは、商品の中に対象化または結晶したドイツの人間労働のことです。
使用価値は肉眼で見ることはできますが、価値は科学の目でしか見ることができません。
商品が使用価値と価値との統一物であるのは、商品を生産する労働が一面では米を作るとか上衣を作ると言ったそれぞれに異質な労働 (具体的な有用労働)であり、他面では何も同じ人間の(労働力の支出としての)同質な労働(抽象的人間労働)であるという二重性(二つの異なった性格)を持っていることに由来します。
商品に大消化した抽象的人間労働であるか家の大きさは、その商品を生産するのに社会的に必要な労働量(労働時間)によって決まります。
社会的に必要な労働時間とは、社会の標準的な生産条件のもとで社会の平均的な労働が商品を生産するのに必要な労働時間のことです。商品交換が発展すると、商品の価値は、けんという商品の仕様書で表現されるようになります。その場合お金が、貨幣です 。前にお話しした商品の価格とは、商品の価値を貨幣で表したものなのです(ここで一つ補足をしておくと市場経済が発展すると、労働の生産物ではなく、従って価値を持たないもう〔土地の所有名義、地位、名誉など〕にも価格がついて、貨幣変われるようになります)。貨幣は市場経済という人間社会の生産関係が生んだものでしたが。貨幣が出現すると、貨幣は人間に対立し、人間を支配する経済力として現れ、人間社会を「万事お金の中」にするのです。
以上のようにして、労働価値説は、商品の価値の正体、貨幣の正体、したがってまた商品の価値を規定する価値法則を科学のに目をもって明らかにしたのです。