第64回マルクス 資本論 第1巻 向坂逸郎訳 岩波書店の学習 100ページ
三総体的または拡大された価値形態の欠陥
C一般的価値形態
1 価値形態の変化した性格
二 相対的価値形態と等価形態の発展関係
三一般的価値形態から貨幣形態への移行
D 貨幣形態
第四節商品の物神的性格とその秘密
労働生産物に商品の刻印を捺し、したがって、商品流通の前提となっている形態が、すでに社会生活の自然形態の固定性をもつようになってはじめて、人間は、彼らがむしろすでに不変であると考えている、
このような諸形態の歴史的性質についてでなく、それらの形態の内包しているものについて、考察をめぐらすようになる。
このようにして、価値の大いさの規定に導いたのは、商品価格の分析にほかならず、その価値性格の確定に導いたのは、商品が共同してなす貨幣表現にほかならなかったのである。
ところが、私的労働の社会的性格を、したがって私的労働者の社会的諸関係を明白にするかわりに、実際上蔽いかぶせてしまうの、まさに商品世界のこの完成した形態 ――貨幣形態―である。
私が、上衣、深靴等々は、抽象的人間的労働の一般的体現としての亜麻布に関係しているというとすれば、この表現の倒錯は、目を射るように明らかである。
しかし、もし上衣や深靴等々の生産者たちが、これらの商品を一般的等価としての亜麻布にあるいは事実上すこしことなるところはないのだが、金や銀に――関係せしめるとすれば、
彼らにとっては、その私的労働の社会的総労働にたいする関係は、正確にこの倒錯した形態で現われる。このような形態が、まさにブルジョア的経済学の諸範疇をなしているのである。
それは、この歴史的に規定された社会的生産様式の、すなわち、商品生産の生産諸関係にたいして、社会的に妥当した、したがって客観的である思惟形態なのである。
それゆえに、商品生産にもとづく労働生産物を、はっきり見えないようにしている商品世界の一切の神秘、一切の魔術と妖怪は、われわれが身をさけて、他の諸生産形態に移って見ると消えてなくなる。
(三九)
経済学はロビンソン物語を愛好するから、まず、ロビンソンをかれの島に出現させよう。本来彼は控え目な男ではあったが、それでもとにかく彼は、各種の欲望を充足せしめなければならない。
したがってまた、各種の有用労働をなさなければならない。道具を作り、家具を製造し、騎馬を馴らし、漁りし、猟をしなければならない。祈繕その他のことはここでは語らない。というのは、われわれのロビンソンは、このことに楽しみを見出し、このような活動を休息と考えているからである。
彼の生産的な仕事がいろいろとあるにゃかかわらず、彼は、それらの仕事が同じ口ビンソンのちがった活動形態にすぎないことを知っている。
したがって、人間労働のちがった仕方であるにすぎないことを知っている。必要そのものが、彼の時間を、正確にそのちがった仕事の間に分配しなければならないようにする。
彼の総活動の中で、どの仕事が割合をより多く、どのそれがより少なく占めるかということは、目的とした有用効果の達成のために克服しなければならぬ困難の大小にかかっている。
経験が彼にこのことを教える。そして、時計、台帳、インクおよびペンを難破船から救い出したわがロビンソンは、よきイギリス人として、まおなく自分自身について記帳しはじめる。
彼の財産目録は、彼がやっている使用対象、彼の生産に必要な各種の作業、最後に、これら各種の生産物の一定量が、平均して彼に支出させる労働時間の明細表を含んでいる。
ロビンソンと彼の自分で作り出した富をなしている物との間の一切の関係は、ここではきわめて単純であり、明白であって、M・ヴィルト氏すら、特別に精神を緊張させることなくと、これを理解できるようである。
そしてそれにちかかわらず、この中には価値の一切の本質的な規定が含まれている。
(二九) 第二版への注。リカードにも彼のロビンソン物語がないわけではない。「彼は原始漁夫と原始猟師を、ただちに商品所有者にして魚と野獣とを交換させる、これらの交換価値に対象化されている労働時間に比例して。
このおり、彼は、原始漁夫と原始猟師とが、彼らの労働要具の計算のために、一八一七年ロン ドン の取引所で行なわれるような減価計算表を利用するという、時代錯誤に陥っている。
"オーウェン氏の平行四辺形』 は、彼がブルジョア的社会形態以外に識っている唯一の社会形態であるように見える」(カール・マルクス『批判』三八・三九ページ[ディーツ版『全集』第一三巻、四六ページ。邦訳、岩波文庫版、六九・七〇ページ。新潮社版『選集』第七巻、八六・八七ページ])。
いまわれわれは、ロビンソンの明るい島から陰鬱なヨーロッパの中世に移ろう。
ここでは独立人のかわりに、すべての人が非独立的であるのを見出す――農奴と領主、家臣と封主、俗人と僧侶という風に。人身的な隷属ということが、102ページ1行目
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