第70回DAS KAPITAL 資本論 カール・マルクス 資本論 社会科学研究所 資本論翻訳委員会訳1 新日本出版社 142ページ
三総体的または拡大された価値形態の欠陥
C一般的価値形態
1 価値形態の変化した性格
二 相対的価値形態と等価形態の発展関係
三一般的価値形態から貨幣形態への移行
D 貨幣形態
第四節商品の物神的性格とその秘密
(A) S・ベイリー『価値の性質、尺度、および諸原因に かんする 批判的論究』、一六五ページ以下鈴木訳
『リカード価値論の批判』、日本評論社、一五一ページ]。
(98)
これまでまだどの化学者も、真珠やダイヤモンドのなかに交換価値を発見してはいない。ところが、批判のするどさをとくに自負するこの化学的実体の経済学的発見者たちは、物の使用価値はそれらの物的属性にはかかわりがないが、これにたいして、それらの価値は物としてのそれらに属するということを見いだすのである。
ここで彼らの見解を確証するのは、物の使用価値は人間にとって交換なしに、それゆえ物と人間との直接的関係において実現されるが、反対に物の価値はただ交換においてのみ、すなわち一つの社会的過程においてのみ、実現されるという奇妙な事情である。
ここで、あのお人よしのドッグベリーを思い出さない人があろうか。彼は夜番のシーコールに教えて語る。
「男ぶりのいいのは運の賜物だが、読み書きは自然にそなわるものだ」。
(三六)*
(六)『考察』の著者やS・ベイリーは、リカードウが交換価値を単に相対的なものから 絶対的なものに転化させたと言って、リカードウを責めている。逆である。彼は、これらの物、たとえばダイヤモンドや真珠が交換価値としてもっている外観的相対性を、その外観の背後に隠されている真の関係に、人間的労働の単なる表現としてのそれらの相対性に、還元したのである。
リカード学派のベイリーに対する反論が粗雑であり、適切でなかったとすれば、そのわけは、彼らがリカードウ自身のうちに、価値と価値形態または交換価値との内的連関についてなんの解明も見いださなかったからにほかならない。
* 〔シェイクスピア『から騒ぎ』、第三幕、第三場。小田島訳、『シェイクスピア全集』I、白水社、一七八ページ。ドッグベリーはこの劇に登場する警察官で、始終、言葉を誤用する.
140ページ末
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