『資本論』第3巻を学習する際に重要なのは、第1巻・第2巻との連続性を意識することです。第3巻では利潤率、平均利潤、地代、利子など、資本主義の「表面的な現れ」が扱われますが、その背後には第1巻で論じられた剰余価値の理論があります。したがって、現象を独立したものとしてではなく、その本質との関係で理解する姿勢が必要です。また、第3巻は未完であり、編集者エンゲルスによる補足や構成の影響もあるため、記述の不整合や飛躍に注意しながら読むことが大切です。さらに、数式や比率の議論(利潤率の低下傾向など)では、具体例を自分で計算しながら理解を深めると効果的です。抽象的概念と現実経済の対応関係を常に考えつつ、焦らず段階的に読み進めることが理解への近道となります。
2024年2月13日火曜日
〈資本論〉学習中断中で
コトラでやリ直しますか
〈資本論〉入門 単行本 – 2011/9/25
2021年12月18日土曜日
第72回マルクス 資本論 第1巻 向坂逸郎訳 岩波書店の学習 112ページ
第72回マルクス 資本論 第1巻 向坂逸郎訳 岩波書店の学習 112ページ
三総体的または拡大された価値形態の欠陥
C一般的価値形態
1 価値形態の変化した性格
二 相対的価値形態と等価形態の発展関係
三一般的価値形態から貨幣形態への移行
D 貨幣形態
第四節商品の物神的性格とその秘密
第二章交換過程 112ページ
(三八) プルードンは、まず彼の正義の理想、すなわち,justice éternelle“(永遠の正義)の理想を、商品生産に相応する法関係から作り出す。
ついでに述べておくが、このことによって、またすべての俗物たちに大変に慰安を与える証明できるのである、すなわち、商品生産の形態は、正義と同じように、永遠であるということである。
それから、逆に彼は、現実の商品生産とこれに相応する現実の法を、この理想にしたがって改造しようとする。
物質代謝の現実の法則を研究し、その基礎の上に一定の課題を解こうとするかわりに、物質代謝を .naturalité“(自然的素質)や,affinité(血縁)というような「永遠の理念」によって改造しようとする化学者について、人は何と考えるだろうか。ふし高利貸は、justice éternelle“(永遠 の 正義)やséquité éternelle“(永遠の公正)ゃ amutualité éternelle" (永遠の相互扶助)やその他 の avérités éternelles(永遠の真理)に反すると言えば、高利貸について教父たちが知っていたことより、何か少しでめ多く知ることになるだろうか? 教父たちも、高利貸は ggrice éternelle(永遠の恩寵) や foi éternelle(永遠の信仰)ゃ avolonté éternelle de dieu(神の永遠の意志)に反するといっていたのである。
商品所有者をとくに商品から区別するめのは、商品にとっては、すべての他の商品体が、ただ自分の価値の現象形 形態と考えられるにすぎないという事情である。だから、生まれつきの平等主義者で皮肉屋である商品は、つねに、他のあらゆる商品と、自分はマリトルネス〔セルヴァンテスの『ドン・キホーテ』に出てくる醜い女中。……訳者]よりもっと醜
い様子をしていても、心だけでなく、肉体換える用意をしている。
商品に欠けているこの商品体の具体的なるものにたいする感覚を、商品所有者は、彼自身の五感ないし六感で補うのである。彼の商品は、彼にとってはなんら直接の使用価値ではない。
そうでなければ、彼はこれを市場にあっては行かない。商品は他人に対する使用価値をめっ
ているのである。彼にとっては、商品は直接には、交換価値の担い手であり、したがって交換手段であるという使用価値をふっているだけである。
それゆえに、彼はこれを、その使用価値が彼に満足を与える商品にたいして譲渡しようとする。すべての商品は、その所有者にたいしては非使用価値であり、その非所有者にたいしては使用価値である。
商品は、こうして全般的に持ち手を換えなければならない。しかし、この持ち手変更がその交換をなすのである。そしてこの交換が商品を価値として相互に関係させる。
さらにこれを価値として実現する。したがって、商品は、それが使用価値として実現されうる前に、価値として実現されなければならない。
(三九)「なぜかというに、すべての財貨の使用は二重であるからである。 |その一つは物自体に固有であり、他はそうではない。サンダルのように、はくことに用いられると同時に交換されうるのである。
両者とらにサンダルの使用価値である。なぜかというに、サンダルを、自分であっていないのと、例えば、食物と交換する人でち、サンダルはサンダルとして利用するのであるからである。
しかしながら、その自然の使用方法で利用するのではない。なぜかというに、サンダルは、交換のためにあるのではないからである」(アリストテレス『国家論』第一巻、第九章〔山本光雄訳『政治学』岩波文庫版、五一ページ])。
他方において、商品は、それが価値として実現されうる前に、使用価値であることを立証しなければならない。なぜかというに、商品に支出された人間労働は、それが他人にたいして有用な形態で支出されるかぎりでのみ、かかる人間労働の性質を受け取るからである。
その労働が他人に有用であるか、したがって、その生産物が他人の欲望を充足させるかどうかは、だが、諸商品が交換されてはじめて証明しうることである。
あらゆる商品所有者は、その商品を、ただ彼の欲望を充足させる使用価値をあつ他の商品にたいして譲渡するだけである。
そのかぎりにおいて、交換は彼にとって個人的な過程であるにすぎない。他方において、彼はその商品を価値として、したがって、同一価値をめっている任意のあらゆる他の商品に実現しようとする。
ここでは彼自身の商品が他の商品の所有者にとって、使用価値をもっているかどうかは問題でない。そのかぎりにおいて、交換は彼にとっ換て、一般的に社会的な過程である。
だが、この同じ過程が、同時にすべての商品所有者にたいして、もっぱら個人的であって、同時にまたもっぱら一般的に社会的であるというようなことはありえない。
あっと詳細に見るならば、すべての商品所有者にたいして、あらゆる他人の商品は、彼の商品の特別な等価となっている。したがって彼の商品は、また他のすべての商品の一般的な等価となる。しかしながら、すべての商品所有者113ページ末
2021年12月16日木曜日
第71回マルクス 資本論 第1巻 向坂逸郎訳 岩波書店の学習 111ページ
第71回マルクス 資本論 第1巻 向坂逸郎訳 岩波書店の学習 111ページ
三総体的または拡大された価値形態の欠陥
C一般的価値形態
1 価値形態の変化した性格
二 相対的価値形態と等価形態の発展関係
三一般的価値形態から貨幣形態への移行
D 貨幣形態
第四節商品の物神的性格とその秘密
第二章交換 過 程
父換過程
商品は、自分自身で市場に行くことができず、また自分自身で交換されることもできない。したがって、われわれはその番人を、すなわち、商品所有者をさがさなければならない。
商品は物であって、したがって人間にたいして無抵抗である。し商品が従順でないようなばあいには、人間は暴力を用いることができる。
言葉を換えていえば、これを持って歩くことができる。これらの物を商品として相互に関係せしめるために、商品の番人は、お互いに人として相対しなければならぬ。彼らの意志がそれらの物の中にひそんでいる。
したがって、ある一人は、他人の同意をもってのみ、したがって各人は、ただ両者に共通な意志行為によってのみ、自身の商品を譲渡して他人の商品を取得する。
したがって、彼らは交互に私有財産所有者として、認め合わなければならぬ。契約という形態をとるこの法関係は、適法的なものとして進行するかどうかは別として、一つの意志関係である。この関係に経済的関係が反映されている。
この法関係または意志関係の内容は、経済的関係そのものによって与えられている。人々はここではただ相互に商品の代表者として、したがってまた商品所有者として存在している。
叙述の進行ととめに、われわれは、一般に、人々の経済的仮装は経済的諸関係の人格化にすぎず、この経済的諸関係の担い手として、彼らが相対しているということを見るであろう。
(三七) かの篤信をもってきこえた第一二世紀においては、これらの商品の中には、往々にしてきわめてなよやかなめの現われている。
だから、その頃のフランスのある詩人は、ランディ の市場にきている商品の中に、衣服類や靴や皮革や農具や鞣革やその他のほかに、 ,femmes folles de leur corps(燃えるようなからだをもった女たち)数えあげている。111ページ末
2021年12月15日水曜日
第70回DAS KAPITAL 資本論 カール・マルクス 資本論 社会科学研究所 資本論翻訳委員会訳1 新日本出版社 142ページ
第70回DAS KAPITAL 資本論 カール・マルクス 資本論 社会科学研究所 資本論翻訳委員会訳1 新日本出版社 142ページ
三総体的または拡大された価値形態の欠陥
C一般的価値形態
1 価値形態の変化した性格
二 相対的価値形態と等価形態の発展関係
三一般的価値形態から貨幣形態への移行
D 貨幣形態
第四節商品の物神的性格とその秘密
(A) S・ベイリー『価値の性質、尺度、および諸原因に かんする 批判的論究』、一六五ページ以下鈴木訳
『リカード価値論の批判』、日本評論社、一五一ページ]。
(98)
これまでまだどの化学者も、真珠やダイヤモンドのなかに交換価値を発見してはいない。ところが、批判のするどさをとくに自負するこの化学的実体の経済学的発見者たちは、物の使用価値はそれらの物的属性にはかかわりがないが、これにたいして、それらの価値は物としてのそれらに属するということを見いだすのである。
ここで彼らの見解を確証するのは、物の使用価値は人間にとって交換なしに、それゆえ物と人間との直接的関係において実現されるが、反対に物の価値はただ交換においてのみ、すなわち一つの社会的過程においてのみ、実現されるという奇妙な事情である。
ここで、あのお人よしのドッグベリーを思い出さない人があろうか。彼は夜番のシーコールに教えて語る。
「男ぶりのいいのは運の賜物だが、読み書きは自然にそなわるものだ」。
(三六)*
(六)『考察』の著者やS・ベイリーは、リカードウが交換価値を単に相対的なものから 絶対的なものに転化させたと言って、リカードウを責めている。逆である。彼は、これらの物、たとえばダイヤモンドや真珠が交換価値としてもっている外観的相対性を、その外観の背後に隠されている真の関係に、人間的労働の単なる表現としてのそれらの相対性に、還元したのである。
リカード学派のベイリーに対する反論が粗雑であり、適切でなかったとすれば、そのわけは、彼らがリカードウ自身のうちに、価値と価値形態または交換価値との内的連関についてなんの解明も見いださなかったからにほかならない。
* 〔シェイクスピア『から騒ぎ』、第三幕、第三場。小田島訳、『シェイクスピア全集』I、白水社、一七八ページ。ドッグベリーはこの劇に登場する警察官で、始終、言葉を誤用する.
140ページ末
注目
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