『資本論』再学習 第52回
第1巻 第1冊「資本の生産過程」
第4篇 相対的剰余価値の生産
第13章 機械装置と大工業
第8節 大工業による工場手工業・手工業・家内労働の革命
a.手工業と分業にもとづく協業の廃棄
はじめに
前回の第51回では、機械制大工業の発展によって労働者が生産現場から「反発」される一方、
好況期には再び「吸引」されることを学びました。
今回の第52回では、視点を個々の工場から社会全体へ広げます。
機械制大工業の成立は、近代的な工場の内部だけにとどまりません。従来の手工業、工場
手工業(マニュファクチュア)、家内労働にも機械が入り込み、それまでの生産方法や労働者
の構成を根本から変えていきます。
今回の中心的な問いは、次の点です。
機械は、職人の技能や分業にもとづいていた旧来の協業を、どのように解体したのか。
1.「手工業にもとづく協業」とは何か
機械制大工業が成立する以前には、多くの労働者が集まり、人間の手と道具を使って共同で
働く生産方法がありました。
例えば、広い草地の草を刈る場合、一人ではなく多数の刈り手が横に並び、それぞれ鎌を
使って作業します。
これは同じ種類の仕事を多くの労働者が共同で行う「単純協業」です。
一人ひとりが同じ作業をしていても、多数が同時に働けば、短い期間に大量の仕事を完
了できます。しかし、その生産力は、基本的には参加する労働者の人数と技能に依存し
ていました。
ところが刈取機が登場すると、一台の機械が多数の刈り手の仕事を代行します。
つまり、機械は単に一人の労働者の道具を改良しただけではありません。それまで多数
の労働者によって行われていた協業そのものを、一台の機械の働きに置き換えたのです。
2.「分業にもとづく協業」とは何か
工場手工業では、一つの商品を作る工程が細かく分割され、それぞれの労働者が特定の
部分作業だけを担当します。
有名なのが、アダム・スミスのピン製造の例です。
針金を引き延ばす、切断する、先を尖らせる、頭を取り付ける、磨くといった工程を
分担することで、生産量は大幅に増加しました。
マルクスが紹介した数字では、10人の労働者が協業することで、一日に4万8000本を超
える針を生産できました。
これは大きな生産力ですが、依然として各工程を担当する労働者の手作業に依存してい
ます。生産組織は「人間を部品とする生産機構」だったのです。
ところが針製造機が登場すると、この関係は大きく変わります。
マルクスによれば、当時の針製造機一台は、11時間の労働日で約14万5000本を生産でき
ました。さらに、一人の女性または少女が4台の機械を監視すれば、約60万本を生産できました。
ここでは、以前は多数の労働者に分けられていた工程が、機械の内部に組み込まれています。
つまり、
旧来の工場手工業では、労働者の間で作業が分割されていた
機械制生産では、作業の分割が機械装置の構造に移される
労働者は、機械の動作を補助・監視する立場になる
という変化が起こったのです。
マルクスが「分業にもとづく協業の廃棄」と呼んでいるのは、この歴史的変化です。
3.「廃棄」とは、協業そのものがなくなることではない
ここは特に重要なポイントです。
「協業の廃棄」といっても、労働者が共同で働かなくなるわけではありません。むしろ機
械制大工業では、さらに多くの労働者が同じ生産組織の中で働くようになります。
廃棄されるのは、手工業的な技能と人間の分業を中心に組み立てられた
「旧来の協業形態」です。
変化を整理すると、次のようになります。
したがって、協業が消滅するのではなく、機械を中心とする協業へ再編されるのです。
4.一台の機械から工場制度へ
機械は、導入された瞬間から必ず大工場を生み出すわけではありません。
最初の段階では、一人の職人や小規模な作業場が一台の機械を使うこともあります。
そのため、一見すると機械によって手工業が復活したように見える場合があります。
しかしマルクスは、それを過渡的な形態と考えます。
機械を人力で動かしている間は、小規模な生産も可能です。ところが蒸気力や水力などの
動力を利用するようになると、動力設備、伝動装置、複数の作業機をまとめて使用する方が
有利になります。
その結果、生産手段と労働者が一か所に集められ、次第に本格的な工場制度へ移行します。
その流れは、次のように整理できます。
5.「貸し動力」と家内工場
マルクスは、旧来の手工業から近代工場へ移行する途中の形態も紹介しています。
例えば、イギリスの一部の産業では、小規模な生産者が蒸気力を借りて機械を動かして
いました。自分で大型の蒸気機関を所有するのではなく、動力だけを料金を払って利用
したのです。
また、コヴェントリーの絹織物業では「家内工場」と呼ばれる試みが行われました。
住宅が並ぶ中央に動力設備を設置し、そこから軸を通じて各住宅の織機に動力を供給
した。織工は織機一台ごとに動力使用料を払いました。
外見上は家内労働ですが、実際には労働者の生産活動が中央の動力設備に従属しています。
これは、大工業の原理が工場の建物を越えて、家庭や小規模作業場にまで浸透していく
姿を示しています。
現代に置き換えて考えれば、巨大なプラットフォームやシステムに接続し、個人が自宅で
働く形態にも似た側面があります。ただし、技術や契約関係が異なるため、両者を単純に
視することはできません。
6.機械は旧来の生産組織を内側から解体する
機械は、一つの産業を一度に全面的に変えるとは限りません。
最初は、ある一つの工程に導入されます。次に別の工程が機械化され、さらに周辺工程
にも広がっていきます。
例えば、
原料を加工する工程が機械化される
切断や成形が機械化される
組み立てや仕上げが機械化される
工程間の運搬まで機械化される
というように進みます。
こうして機械が部分工程へ次々と入り込むと、特定の労働者が特定の作業だけを生涯担当
するという、工場手工業時代の固定的な分業は維持できなくなります。
マルクスは、旧来の分業にもとづく組織を「固い結晶」にたとえています。
機械がその内部へ入り込むことで、この結晶が溶かされ、生産方法が絶えず変化する
へ移行するのです。
工場手工業には、ある程度固定された職人の組み合わせがありました。しかし、機械制大
工業では、新しい機械が導入されるたびに、
必要な労働者数
労働者の配置
必要とされる技能
作業の速度
工程どうしの関係
が変更されます。
これが大工業の革命的性格です。
7.「集合労働者」の構成が変化する
マルクスは、生産に参加する労働者全体を「集合労働者」として捉えます。
工場手工業の集合労働者は、異なる熟練を持つ部分労働者の組み合わせでした。それぞれ
の労働者は狭い作業に固定されていましたが、その作業には一定の熟練が必要でした。
機械制大工業では、この構成が大きく変わります。
生産の知識や技能が機械装置の側に移されるため、資本は必ずしも多数の熟練職人を必要
としなくなります。機械の操作や材料の補給、製品の取り出しなどを担当できれば、生産
に参加できるようになります。
その結果、当時の資本は積極的に、
女性
子ども
若年労働者
未熟練労働者
を雇用しました。
マルクスは、これらを当時のイギリスで使われた表現に即して「安い労働」と述べています。
これは女性や子どもの労働能力が本質的に低いという意味ではありません。
資本が、社会的に賃金を低く抑えやすい人々を利用したという批判です。
8.機械による「技能からの解放」が労働者の自由にな
らない理由
機械は、重い肉体労働や長期間の技能習得を不要にする可能性を持っています。
本来であれば、それによって、
労働時間を短くする
重労働から人間を解放する
多くの人が技術の恩恵を受ける
教育や文化活動の時間を増やす
ことが可能になるはずです。
ところが資本主義のもとでは、機械導入の目的は、第一に労働者を楽にすることではあり
ません。商品の価値を引き下げ、必要労働時間を短縮し、相対的剰余価値を増大させることです。
そのため「熟練からの解放」は、現実には次のような形を取りました。
熟練労働者の仕事が失われる
労働力が交換可能になる
賃金が低下する
女性や子どもまで資本の支配下に入る
労働者が機械の速度に従わされる
労働内容が単調化する
技能への依存が減ることは、技術的には進歩です。しかし、生産手段を資本が所有して
いるため、その利益はまず資本の側に帰属します。
ここに、機械の技術的可能性と資本主義的使用との矛盾があります。
9.相対的剰余価値との関係
第4篇全体のテーマは「相対的剰余価値の生産」です。
機械によって労働生産性が上昇すると、同じ商品を以前より短い時間で生産できます。
者の生活手段を生産するのに必要な労働時間が短縮されれば、労働力の価値も低下します。
一日の労働時間が同じなら、必要労働時間が短くなった分だけ、剰余労働時間が長く
なります。例えば、8時間労働の場合を考えてみましょう。
労働日を延長しなくても、資本家が取得する剰余労働部分が増えます。これが相対的
価値です。
機械が旧来の手工業的協業を廃棄するのは、単なる技術革新ではありません。それは、
資本がより効率的に相対的剰余価値を生産する体制を社会全体に広げていく過程なのです。
10.現代社会に引きつけて考える
今日では、機械に加えてAI、ロボット、デジタルシステムが従来の仕事を細分化し、再編し
ています。
例えば、一人の熟練労働者が最初から最後まで担当していた仕事が、
ソフトウェアによる設計
自動機械による加工
労働者による監視
外部委託による検査
プラットフォームによる受発注
へと分解されることがあります。
熟練や判断が機械・ソフトウェアに組み込まれると、企業は労働者を入れ替えやすくなり
ます。一方で、機械の設計、保守、データ管理など、新しい高度技能も必要になります。
したがって、すべての熟練が消えるわけではありません。
重要なのは、技能が全体として消滅するのではなく、技能の配置が変化し、多くの労働者か
ら技能や決定権が切り離され、一部の管理・技術部門へ集中する傾向があることです。
これは、マルクスが分析した「生産の知的諸力が労働者から分離され、資本の力として労働
者に対立する」という問題につながっています。
今回の重要ポイント
✅ 機械は、一人の労働者だけでなく、多数の労働者による協業を置き換える
✅ 工場手工業では人間の間にあった分業が、機械装置の内部へ移される
✅ 「協業の廃棄」とは、協業そのものではなく、手工業的な協業形態の廃棄である
✅ 小規模な機械生産は、機械制工場へ移行する過渡的形態となる
✅ 機械は一つひとつの工程に侵入し、旧来の固定的な分業を解体する
✅ 熟練への依存が弱まり、女性・子ども・未熟練労働者が「安い労働力」として
利用された
✅ 機械の技術的進歩は、資本主義のもとでは相対的剰余価値を増やす手段となる
✅ 技術が人間を労働から解放する可能性と、労働者を資本へ従属させる現実との間に
矛盾がある
まとめ
第8節aでマルクスが明らかにしたのは、機械が単なる便利な道具ではなく、社会的な労
働組織を根本から作り替える力だということです。
手工業や工場手工業では、労働者の技能と分業が生産の中心でした。機械制大工業では、
その技能と分業が機械装置の内部に取り込まれ、労働者の配置や働き方は機械の構造によ
って決められるようになります。
つまり、
人間が道具を使って協業する生産から、機械体系が人間を配置して利用する生産へ
の転換が起こったのです。
機械には人間を重労働から解放する可能性があります。しかし、資本主義的に利用される
場合、その可能性は労働時間の短縮ではなく、労働力の低価格化、労働強度の上昇、資本に
よる支配の強化として現れます。
ここに、機械制大工業が持つ大きな矛盾があります。

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