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2021年5月15日土曜日

資本論の学習 13回目です。序文 変革時代と『資本論』(5)現代に生きる資本論

 2021年5月15日土曜日  晴れ


第13回 『資本論』の学習会 マルクス『資本論』第一巻 向坂逸郎訳 序文 3ページ13行目から


 それ自体としては、問題、資本主義的生産の自然法則から生ずると社会的敵対関係の発展程度の高いか低いかということにあるのではない。問題として取り扱うのは、これらの法則自体であり、鉄の必然性を持って作用し、そして貫徹するこれらの傾向なのである。衝動的により発達している国は、発達程度のより低い国に対して、すごく人間の未来の像を示すだけのことである。

 だが、このことは今論じないことにしよう。資本主義的生産がわが国で完全に値を下しているところ、例えば本当に工場と入れるところでは、状態はイギリスにおけるよりはるかに悪い。というのは、これに対抗する工場法が欠けているからである。あらゆる他の部面で、他の全ての西ヨーロッパ大陸と同じように、我々を悩ましているのは、ただ資本主義的生産の発達ということだけではなく、その発達が不十分であるということでもあるのである。近代的窮迫とともに一連の時代から受け継いだ窮迫が我々を圧迫している。 それは、古臭い旧式となった生産様式が、その反時代的社会的政治的諸関係の付随物を伴って残っているということから生ずるものなのである。我々は聖者に悩まされているだけでなく、死者によっても悩まされているのである。Le mort saisit le  vif! (死者が生者を捉える)


 ドイツや他のヨーロッパ大陸の社会党系はイギリスのそれに比較すると貧弱である。それでも、それらの統計は、まさにその背後にメドゥサの頭が隠されているのを感じがする程度には、 面紗をめくっている。もしわが政府や議会が、イギリスにおけると同じように、経済状態について定期的の調査委員会を任命し、もしこれらの委員会が真実を究明するためにイギリスにおけると同一の絶対権限を賦与されているとすれば、さらにもしこの目的のために、イギリスの工場監督官たちや、”Public Health” (公衆衛生)に対するイギリスの医務報告者や女工や幼年工の搾取や居住状態や栄養状態 等々に対するイギリスの調査委員などのように、得ることができるとすれば、我々は、我々自身の状態を見て驚愕するだろう。ペルセウスは、怪物を追跡するために、魔帽を必要とした。我々は、魔帽を深く目や耳を蔽うほどにかぶりでもしない以上、この魔物の存在を否認するわけにはいくまい。

 人はこのことについて重い違いをしてはいけない。18世紀のアメリカ独立戦争がヨーロッパの中産階級に対して警鐘を打ったように、19世紀のアメリカの内覧は、ヨーロッパの労働者階級に対して警鐘を打ち鳴らしている。

 イギリスでは変革過程は手でつかむばかりに具体的になっている。それは、一定の高さに達すると、大陸に衝撃となって帰ってくるに相違ない。この変革過程は、大陸では、労働者階級自身の発達の程度にしたがって、より残虐が携帯を取って動くこともあれば、ゆり和やかな携帯で動くこともあるだろう。だから、より高級な動機は別としても、現在支配的地位にある階級に対して、彼ら自身の利益が命じていることは、労働者階級の発展を阻んでいる一切の法則に撤去できる障害を除去することである。そのために、私は、特にイギリスの工場立法の歴史と内容と結果に対して、この巻の中でできるだけ詳細な叙述を挿入しておいた。1国民は他の国民から学ぶべきものであるし、また学び得るものである。1社会がその運動の自然法則を究知しえたとしてもーそして近代社会の経済的運動法則を闡明することがこの著作の最後の究極目的である。ー、この社会は、自然の発達段階を飛び越えることもできなければ、これを法令で取り除くこともできない。しかしながら、社会はその産みの苦しみを短くし、緩和することはできる。


 

メドゥーサとペルセウスの関係が出ている(wikipediaより)

 

メドゥーサ古希: Μέδουσα, Medoūsa)は、ギリシア神話に登場する怪物ゴルゴーン3姉妹の1人である。名前は「女王」を意味する[1]。姉はステンノー(「強い女」の意[1])、エウリュアレー(「広く彷徨う女」あるいは「遠くに飛ぶ女」の意[1])と呼ばれ、メドゥーサは三女に当たる。

日本語では長母音を省略してメドゥサとはあまり書かれず、英語などでの表記・発音の影響からか、メデューサとも書く。

概説[編集]

宝石のように輝く目を持ち、見たものを石に変える能力を持つ。かつては見た者を恐怖で石のように硬直させてしまうとされていたが、途中から現在知られている形に解釈される。頭髪は無数の毒蛇で、イノシシの歯、青銅の手、黄金の翼を持っている(腰に蛇をまいた姿や、イノシシの胴体との下半身になった姿で描かれることもある)。

海の神であるポセイドーンの愛人であり、ポセイドーンとの間に天馬ペーガソスと巨人クリューサーオール(「黄金の剣」の意)がいる。

メドゥーサはペルセウスによって首を切り落とされ、退治された。切り落とされたメドゥーサの首から滴り落ちた血はペルセウスによって2つの瓶に集められ、アテーナーに献上された。右側の血管から流れて右の瓶に入った血には死者を蘇生させる効果が、左側の血管から流れて左の瓶に入った血には人を殺す力があったとされる[2]。アテーナーは後に、死者を蘇生させるメドゥーサの血をアスクレーピオスに授け、彼はこの血を混ぜた薬を使用した[3]

元はコリントスで崇められたギリシア先住民族の主女神であり、本来はデーメーテールと同一神だったと考えられている(両神共にポセイドーンとの間に馬形の神霊〔アレイオーンとペーガソス〕を産んでいるという点で共通しておりポセイドーンとは夫婦だった)[4]

 

変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部編  新日本出版社 24ページ(5)現代に生きる『資本論』

ー「『資本論』和150年も前に書かれた本であって、もう古くなった『資本論』では現代の経済問題を解明できない」という人がいますどうなのでしょうか。

◎資本主義の経済的運動法則を解明した書

 マルクスは、当時の資本主義の最先進国であったイギリスの「資本の自由競争が支配的な産業資本主義」を主な研究対象として研究して、『資本論』を著しました。けれども、『資本論』は、決して当時のイギリス資本主義の現状分析を行った著作ではなくて、それを主な研究材料として「資本主義社会の経済的運動法則」を解明した著作です。『資本論』では、当時のイギリスをはじめとする資本主義諸国の経済状態がたくさん生き生きと描かれていますが、それらはみんな選手にも経済法則の「例証」として ているものです。ですから、『資本論』が改名した資本主義の経済法則は、どこの国のどの時代でも、その資本主義社会が資本主義である限り、その根底を貫いて作用しているのです。

 資本主義の歴史的発展過程についてみると、マルクスの時代の資本主義は、資本の自由競争が支配的な産業資本主義の段階にありました。しかし20世紀に入ると、資本主義は、独占資本主義(または帝国主義)の段階へと発展しました。独占資本主義というのは、主要な資本主義諸国の主要な生産部門と銀行業において独占(少数の大資本の支配)が形成され、金融資本(独占的な産業資本と独占的な銀行資本とが融合した資本)が一国の経済を支配するようになり、 資本の輸出によってその支配もを全世界に張り巡らすようになった資本主義のことです。

 その後、独占資本主義は、1929年の世界大恐慌により金本位制度(金と銀行券との兌換が保障されている通貨制度)が崩壊して管理通貨制度(金と銀行券との兌換が停止され、不換銀行券が通貨となった通貨制度)になったことを契機として、独占資本(金融資本)の力と国家の財政・金融の力を併せて資本の蓄積を進めるような資本主義、すなわち国家独占資本主義の時代に入りました。その国家独占資本主義は、1970年代以降、不換銀行券であるドルが国際通貨となったことにより経済の国際的関係がかつてなく密接になり、アメリカ合衆国の独占資本(多国籍企業)のドルを用いたしはいもうに世界が口に入れられるようになったことなどを特徴とする資本主義、いわゆるグローバル資本主義の時代に入ったと言われています。

◎資本主義の発展は経済法則が作用して

 ところで、このような資本主義の発展過程は、『資本論』が改名した資本主義の法則が作用しなくなったから怒ったことでは決してなく、その経済法則が作用していて、その経済法則に規定されて起こったことなのです。そうして、『資本論』が改名した資本主義の経済法則は、依然として20世紀以降の現代資本主義の社会の根底を貫いて作用しています。

 マルクス時代でも現代でも、資本主義は、それぞれの発展段階と時代に応じた特質を持ちながらも、資本家(現代では多くが株式会社という姿をとっています)が、無制限に利潤を追求していくことを発展の原動力としており、利潤の正体は剰余価値です。資本家が剰余価値= 増大させる方法は、労働日を延長する方法(絶対的剰余価値の生産)と労働の生産力と強度を増大する方法(相対的剰余価値の生産)の二つです。資本主義の発展過程は資本の蓄積過程であり、必ず相対的過剰人口(失業・半失業者)を生み出し、資本家階級の側には資本として富を蓄積し、労働者階級の側には様々な形態の貧困を蓄積します。

 現在の日本においては、一方では、会社とか銀行とかいう姿を撮った資本家がますます肥え太っているのに、他方では、サラリーマンという名の労働者は何とか暮らせる賃金を得るのが精一杯であり、残業続きでヘトヘトになり、ついには過労死する人まで出たり、またアルバイト、パート、日雇い派遣、ネットカフェ難民などと言われる不安定な就業者が急増し、それを見て政府も日本は「 格差社会」であると認めざるを得なくなり、世間では「勝ち組」と「負け組」という嫌な言葉が流行しています。これらの出来事は、日本でも、『資本論』資本主義の経済法則が社会の根底を貫いて作用していて、それに規定されて起こったことなのです。

 このような次第で、現代の資本主義社会の経済生活における出来事の正体(本質)を見抜くためには、確かにショーン主義の発展過程で生じた。独占(大資本、大銀行の支配)、国家独占(政官財の癒着)、経済のいわゆるグローバル化(ドル支配、ドル危機、投機マネーの暴走)といった現代の資本主義の特質を理解し、それを踏まえることが必要ですが、やはり根底には『 資本論』を学んで身につけた化学の目が必要なのです。ですから『資本論』は「古くなった」どころか、まさしく不滅の生命力を持って現在に生きる古典なのです。

◎不滅の生命力を持つ古典

 実は、『資本論』はこの世に出て以来、資本家とその御用学者から「謝っている」とか「古くなった」という攻撃を受けました。『資本論』ほど長い間避難と攻撃を受けてきた本はありません。それには、訳があるのです。『資本論』は、資本主義が、資本家が労働者の生産した剰余価値=利潤を不払い取得する(搾取する)生産関係(経済制度)であることを初めて明らかにしました。こういう 経済制度の正体が多くの人に知られることは、「剰余価値=利潤を無限に追求する動物」である資本家にとっては、自分の命に関わるほど恐ろしいことなのです。ですから、資本家とその御用学者は、いつも『資本論』を「危険思想の書」とみなして「謝っている」とか「古くなった」とか、あの手この手で攻撃し続けてきたのです。

 しかし、考えてみてください。もしも、『資本論』が本当に謝っていたり古くなったりしたのならば、そんな本はとうの昔に読まれない本、経済学説史の博物館につかない本になっていて、資本家とその御用学者も「古くなった「古くなった」などと言って回る必要もなくなっていたでしょう。ですから出版されてから現在に至るまでこれほど長い間「 謝っているとか」とか「古くなった」とかいう攻撃を受け続けてきたということは、実は「資本論』が不滅の生命力を持って現在に生きる古典であることの一つの証でもあるのです。

変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部』新日本出版社 24ページ(5)現代に生きる『資本論』26ページ終わりまで。を引用しました)

 

●5月15日、今日は、前回より0時を進めることができました。『資本論』の方は、漢字が昔の漢字を使用しているところが多くあるので、そこを辞書で調べる時間が少々わかります。変革の時代の方は「剰余価値」の説明が 少し触れられていました。学習すると言っても、個人で進めるのと、集団で住めるのとでは大きな違いがあります。

 集団で学ぶと、詳しく勉強している人から、教えてもらったり、指導されたりして、分かりにくいところを解明する時間が短縮されるので、進行も早いとは思います。

 私も『資本論』は、何度か読破しているのですが、他人の皆さんに説明できるほど深く学んでいないので、いつでも初学習の状態です。学習する集団をつくるといいとは思うのですがなかなかそこまではできないのが現状です。

 全日「賃労働と資本」 の学習ページを立ち上げて、起きました。こちらも早く進むと良いというものではないので、マイペースで学習していきたいです。確か開設から呼んで進めましょうと書いた覚えがあるのですが今田取り掛かっていないです。私の持っているほんでは解説は77ページから 86ページまでなので、明日5月16日に2ページほど読み進めていましょう。

 同時進行になると思うのですが「賃金・価格・利潤」のページも作り学習したいと思います。この2冊ともどこかで全ページ収録しているところを以前見た記憶があるのですが、今も存在するのでしょうか。

それでは次回お会いしましょう 。

 

 


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