交換価値(Tauseehwert)
Ⅰ)ひとつの商品の価値を他の商品で表したものである。例えば、一足の靴=5本の万年筆という場合。一足の靴の価値が、2本の万年筆で表されている。2本の万年筆は一足の靴の交換価値である。商品を見てもその価値は分からない。
商品の価値は他の商品と等しいとされることによって初めて形態(目に見える姿)を持つ宝交換価値は商品の価値の現象形態(に見える姿)である。
一足の靴の価値が2本の万年筆で表せられるのは、 一足の靴を生産するために 労働の分量と2本の万年筆を生産するために必要な労働の分量とが等しいからである。
つまり一足の靴の価値と 。花柄商品である件は万年筆や靴や機械など全ての商品の価値を表している2分のニュースの価値とが等しいからである。
Ⅱ)万年筆は靴という1種類の商品の価値だけを表しているが貨幣商品である金は万年筆や靴や機械など全ての商品の価値を表している。貨幣商品(金)で表される商品の価値、つまり交換価値、、価格である。
Ⅲ)一足の靴を交換価値は、靴の価格が変動しない場合でも、万年筆の価値が変動する場合には変動する。例えば一足の普通は10時間労働の生産物であり、2本の万年筆を10時間労働の生産物である場合には、両方の価値が等しいから一足の靴=2本の万年筆であるが、生産力が発達した結果。2本の万年筆の生産のために必要な労働時間が5時間に減少すると、一足の靴(10時間労働)=4本の万年筆(5時間×2 )となって1足の靴の交換価値は、日本の万年筆から用法の万年筆に変動する。→〈価値形態〉〔文献 〘資本論》Ⅰp、132から170、ことにp、145から5〕
(マルクス経済学辞典 宮川実 青木書店 72ページ 交換価値より引用)
変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部編 新日本出版社
21ページ
◎『資本論』の叙述の方法=「上向法」
弁証法的唯物論を適用した『資本論』の叙述の方法、言い換えれば経済学の理論の展開方法は、多くの研究者によって「上向法」 と呼ばれています。「上向法」とは、メロン城、資本主義社会の生産関係を組み立てている経済学の諸概念または書範疇(商品、貨幣、資本、賃金、利潤、利子、地代、など)のうち、そのキスにある最も抽象的な概念から順次により具体的な概念(より重症お度合いが低い概念)へと、ちょうど山の麓から頂きに向かって もう一方上に登っていくように、経済学の理論を展開していく(叙述して行く)という方法です。
『資本論』第一部についてみると、シフォンという概念を明らかにするためには、より抽象的な貨幣という概念を明らかにしなくてはならないし、貨幣という概念を明らかにするためには、より抽象的な商品という概念を明らかにしなくてはなりません。
実際に、資本は花柄の存在を前提にして生まれたものですし、貨幣は商品の存在を前提として生まれたものだからです。この「上向法」によって資本論の叙述は、資本主義社会の生産関係という基礎をなしている「最も抽象的な概念」レアル商品から始まって、商品→
貨幣(貨幣である商品)→資本 (剰余価値を生む貨幣)→資本の蓄積(剰余価値の資本への転化)という順序で進められるのです。『資本論』がこのように{上向法」、によって記述されていることを頭に置いてもらった上で、ここでは、そのことと関わりのある学習上の注意点を二つ上げておきましょう。
◎「全て最初が困難」(マルクス)
第一の注意点は、マルクスが、「全て最初が困難である」ドイツの諺は「どの化学にも当てはまる」 と言って、『資本論』も、「商品・貨幣論」(第1章)のところ、とりわけその「商品論(第1章)」ところが「最も困難である」と言っていることです。ではなぜ困難などでしょう。
それは、商品が昇進社会の「経済的細胞」だからです。人間の体の構造や運動を科学的に理解するには、まず神体を形成している細胞(何億と言う細胞の一つ)の正体を明らかにしなくてはなりません 。
しかし、人間の死体の運動を観察したり、分析するよりも、直接には見えない、動かない細胞を、顕微鏡や試薬を使って分析することの方が、退屈であり、骨が折れます。
それと同じように、資本主義社会の「経済的細胞」と言われる商品を取り出してきて、分析し、その商品の価値という肉眼で見えないものを捉えることは、退屈であり骨が折れます。しかも、商品を分析し、その商品の価値を捉えるのに顕微鏡や試薬はものの役に立たないので、人間の頭脳の抽象力(研究対象であるものの正体〔本質〕を取り出してくれる頭脳の力)を使わなくてはならないので、大変骨が折れます。しかし細胞の正体を理解した時に、人間の体の構造と運動を根本から解明する糸口がつかめるのと同じように、商品の正体を理解した時に、資本主義社会の経済的構造と経済的運動をポンポンから解明する糸口がつかめるのです。
こういうわけで、『資本論』をはじめて読む人は、商品を分析した第1章を非常に難しく思い、一度読んだくらいでは十分に理解できないかもしれません。しかし 、マルクスもこの章は「最も困難と言っているわけですから、それはむしろ当然なのです。ですから、先ほどのマルクスの注意点を「座右の銘」として『資本論』という巨峰に登るには、その登山口のところに「商品論」という最も険しい岸壁があるのだと覚悟して、「頭脳の抽象力」をよく磨いて使いながら、十分に時間をかけて読むことが大切です。こうして「商品・貨幣論」という岩壁を登ると、後は坂道の傾斜も緩くなり、足も山道に馴染んできて、『資本論』という山の景色も一歩一歩見えてくるのです。
◎各篇、各章、各節のつながりをつかむ
第二の注意点は『資本論』の各篇・各章・各節を理論的に抽象的な性格を理解し、『資本論』の全体の構成における各篇・各章・各節の位置と理論的なつながりをはっきりさせながら読むということです。『資本論』は、「上向法」、 によって、抽象的な概念からより具体的な概念へと順次に理論的な分析を進めていきます。したがって、各篇・各章・各節は、それぞれ前の箇所より具体的で後の箇所より抽象的であるという理論的に抽象的な性格を持っています。例えば、「貨幣論」手の貨幣は、貨幣となったけんという商品であり、それをもとに発行される国家紙幣です。
従って「貨幣論」で、いきなり現代の通貨である不換銀行券を取り上げるというわけにはいきません。しかし、まず「貨幣論」を理解してした上でなければ、不換銀行券である通貨とその通貨の減価= inflation などについて分析し、 できません。また、『資本論』では、商品はその価値通りの価格で流通する(売買される)とされています。
従って、市場における価格の変動による価格差から(安く買って高く売ることから)生ずる投機利潤を取り上げるというわけにはいきませんしかし、『資本論』を理解した上でなければ、投機と投機利潤(2008年のリーマンショックでは世界経済を揺り動かしたサブプラプライムローン問題はその現代版)について分析し、その正体を明らかにすることはできません。
また、「資本論』の 各篇・各章・各節は、それぞれの前の歌手までが理解できていなければ理解できず、その箇所を理解できねえできなければ次の箇所へ進めないと言う、理論的に抽象的な性格を持っています。ですから『資本論』全体を構成とそこにおける各篇・各章・各節の位置をはっきりさせて(目次をよく見よ)、前の扁・章・節とど理論的なつながりに注意しながら読むことが大切です。社会の歴史や受験参考書の試験に出そうな箇所を切り取って読む( 時間がない時によくやったよね)といった飲み方をしてはいけません。賃金に関心があるから、いきなり「賃金論」竹を読んでも、睡眠を十分に理解できません。
それでは、賃金と言う樹が見えても『資本論』という森を見えず、樹が森のどこでどういう役割を果たしているかも分からない、いわゆる「樹を見て森を見ない」ことになってしまいます。(24ページ3行目まで)
(変革の時代と『資本論』マルクスのすすめ『経済』編集部編 新日本出版 21ページ17人目から24ページ3行目まで利用しています)
【マルクス『資本論」 第一巻 向坂逸郎訳 岩波書店は現在大一般の条文3ページ1行目が終わったところです。2行目「 従って価値形態に関する雪を除けば、この書には、、何回だという非難を受けるようなところがあるとは思えない。私はもちろん何か難しいことを学び、従ってまた、自分で考えようと志す読者を想定しているのである」。
序文が終わったところで第一編から進もうと思っていましたが、 「価値形態について」理解を深めるために、一度切って勝ち携帯を学んでから、スタートに戻りたいと思います。
そしてまた8携帯を通ることになります。 学習の投稿などではダブルことになるので無駄なように思われますが、さらに問題を深く探ることができるかもしれません。
食いした本は見直して点検すると誤字などがよく発見されます。また気が付かないこともあるので、時間ばかりがかかるのです。
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