📘『資本論』再学習 第74回
第1巻 第1冊「資本の生産過程」
第7篇「資本の蓄積過程」
第22章「剰余価値の資本への転化」
第5節「いわゆる労働基金について」
※表題は一般的に、次のように整えられます。
「いわゆる労働基金について」
「労働基金」は、翻訳によって「労働財源」「賃金基金」と表記されることもあります。
✅今回の重要ポイント
労働基金とは、労働者の賃金に充てられる資金のこと
古典派経済学は、労働基金を「あらかじめ決められた一定額」と考えた
その立場では、賃金を上げると雇用できる労働者が減ることになる
マルクスは、労働基金の大きさは固定されていないと批判した
資本家のぜいたくや浪費に回る資金を、賃金や生産に回すこともできる
労働基金説は、低賃金や失業を避けられないものに見せる役割を果たした
1.「労働基金」とは何か
労働基金とは、簡単にいえば、資本家が労働者の賃金を支払うために用意する資金です。
資本家が生産を始めるとき、資本は大きく二つに分かれます。
このうち、労働基金に当たるのは、主として労働者の賃金に使われる可変資本です。
例えば、ある会社が次のように資本を使うとします。
機械・原料など:800万円
労働者の賃金:200万円
合計:1,000万円
この場合、200万円が労働基金に相当します。
2.古典派経済学の「賃金基金説」
当時の古典派経済学には、社会全体で賃金に使える資金は、あらかじめ一定額に決められて
いるという考え方がありました。
これを一般に賃金基金説といいます。
考え方を簡単な式で示すと、次のようになります。
労働者1人当たりの平均賃金
=賃金基金の総額÷労働者数
例えば、労働基金が1,000万円で、労働者が100人なら、1人当たりの平均賃金は10万円です。
基金が固定されているなら、労働者数が増えるほど1人当たりの賃金は下がります。
ここから、次のような主張が導き出されました。
賃金を引き上げれば、雇用できる人数が減る
労働者が増えれば、賃金が下がる
労働者全体の賃金を大きく増やすことはできない
労働組合が賃上げを要求しても、社会全体の労働基金は増えない
貧困や低賃金の原因は、資本主義ではなく人口の多さにある
つまり、低賃金や失業を「仕方のない自然現象」のように説明する理論だったのです。
3.マルクスは何を批判したのか
マルクスは、労働者に支払われる資金の総額が、自然法則によって固定されているという考え
方を批判しました。
資本家が所有する富には、さまざまな使い道があります。
剰余価値
├─追加資本として蓄積する
│ ├─生産手段の購入
│ └─労働力の購入
│
└─資本家の収入として消費する
├─生活費
└─ぜいたく・浪費
どれだけを蓄積に回し、どれだけを個人的消費に回すかは、最初から固定されているわけでは
ありません。
さらに追加資本のうち、どれだけを機械や原料に使い、どれだけを労働者の雇用に使うかも、
資本家の判断や経済状況によって変化します。
したがって、労働基金は絶対に動かせない一定額ではないのです。
4.労働基金は「自然に決まる」のではない
古典派経済学では、労働基金が社会の外から与えられた一定量のように扱われました。
しかし実際には、その大きさは次のような事情によって変わります。
資本家がどれだけ蓄積するか
資本家がどれだけぜいたく品を消費するか
機械と労働力にどのような割合で資本を投じるか
労働時間や労働強度をどこまで高めるか
労働者1人当たりの賃金をいくらにするか
企業が何人の労働者を雇うか
生産力がどれだけ発展しているか
このため、労働基金の大きさは、自然法則ではなく、資本家による資本の配分と資本主義的な社会関係によって決まると考えるべきです。
5.資本家のぜいたく品は削れないのか
マルクスが問題にしたのは、労働者の生活費だけが厳格な限界に押し込められる一方で、
資本家のぜいたくな消費は疑問視されないことです。
例えば、ある資本家が得た剰余価値が1,000万円だったとします。
配分例Bでは、資本家が個人的消費を減らし、その分を追加資本に回しています。
さらに追加資本700万円の内訳も変えられます。
この200万円が、新たな雇用や賃金のための労働基金になります。
このように、労働基金の大きさは、社会的・経済的な選択によって変わるのです。
6.労働基金説に隠された矛盾
労働基金説には、大きな矛盾があります。
労働者の賃金については、
「支払える金額には限界がある」
と説明します。
その一方で、資本家の収入やぜいたくについては、
「それも一定の権利であり、削減できない」
と扱われがちです。
しかし、賃金と資本家の収入は、どちらも社会で生産された価値の分配に関係しています。
労働者に回る部分だけを固定し、資本家に回る部分を動かせないものとして扱うのは、公平な
説明ではありません。
マルクスは、この理論が資本家に有利な分配関係を自然法則のように見せていると批判したのです。
7.労働基金の本当の起源
資本家が労働者に支払う賃金は、一見すると資本家自身のお金から支払われているように見えます。
しかし資本の再生産が続けば、その様子は変わります。
労働者は生産活動によって、次のものを生み出します。
自分の賃金に相当する価値
資本家が取得する剰余価値
労働者が前の生産期間に生み出した商品が販売されると、その代金の一部が次の賃金の支払い
に使われます。
つまり、社会全体で見ると、労働者は自分たちが過去に生産した価値の一部を、賃金として受
け取っていることになります。
労働者が生産する
↓
商品に新しい価値が生まれる
↓
商品が販売される
↓
価値の一部が資本家の手元に入る
↓
その一部が次の賃金として支払われる
資本家が永遠に自分の財産から労働者を養っているわけではありません。むしろ、労働者が再
生産した価値が、資本家を経由して賃金として戻ってくるのです。
8.労働者の消費には二重の意味がある
労働者は賃金を使って、食料、衣服、住宅などを購入します。
これは個人の生活のための消費ですが、資本主義社会では別の役割もあります。
労働者が生活できれば、翌日も働くことができます。また、家族を養うことによって、将来の
労働力も再生産されます。
したがって、労働者の消費は単なる個人的消費ではありません。
労働者の生活の維持
=労働力の維持と再生産
資本にとって労働者は、労働力の供給者です。そのため賃金は、労働者が健康で文化的に豊
かに暮らすためではなく、基本的には労働力を再生産できる範囲に抑えようとする力が働きます。
9.現代社会とのつながり
「労働基金」という言葉は現在あまり使われませんが、似た考え方は残っています。
例えば、賃上げを求めたときに、次のような説明がされることがあります。
人件費の総額は決まっている
賃金を上げると雇用を減らすしかない
最低賃金を上げると企業が倒産する
社会保障を増やす財源はない
非正規労働者の待遇改善には限界がある
企業ごとに支払い能力の違いがあるため、すべてを単純に否定することはできません。しかし
、次の支出が十分に検討されているかを見る必要があります。
株主への配当
経営者の報酬
企業内部に蓄積された利益
不要不急の投資
広告費や管理費
自社株買い
労働者への賃金
「賃金に回すお金がない」という言葉をそのまま受け入れるのではなく、生み出された価値が誰に、どのように分配されているのかを確認することが重要です。
10.第5節の核心
マルクスが批判したのは、単に労働基金の金額を計算する方法ではありません。
問題の中心は、労働者に分配される部分を固定し、それを超える要求を非現実的なものとして
退ける考え方です。
労働基金説の説明
賃金の総額は固定されている
↓
賃上げすれば失業が増える
↓
低賃金は避けられない
マルクスの批判
賃金の総額は固定されていない
↓
資本と剰余価値の配分によって変わる
↓
低賃金は自然法則ではなく社会的関係の結果
労働者の貧困を人口や自然の責任にするのではなく、資本主義における生産と分配の仕組みから
考えなければならないということです。
11.第22章全体との関係
第22章では、剰余価値がどのように資本へ転化し、資本蓄積が進むのかを分析してきました。
第5節は、第22章のまとめに当たります。
剰余価値をどれだけ資本家が消費し、どれだけ蓄積に回し、その追加資本をどのように配分す
るかによって、労働基金も変化します。
したがって、労働者の賃金に回る金額だけが永久に固定されているという説明は成立しません。
✅まとめ
第5節「いわゆる労働基金について」で、マルクスは次のことを明らかにしました。
労働基金とは、労働者の賃金に充てられる資本である
古典派経済学は、その基金を固定された一定額と考えた
その理論は、賃上げが失業を生むという説明に使われた
しかし、労働基金の大きさは初めから固定されていない
剰余価値を蓄積と個人的消費に分ける割合は変えられる
追加資本を生産手段と労働力に分ける割合も変えられる
労働者の低賃金や貧困は、単なる自然法則ではない
問うべきなのは、社会で生産された価値が誰に分配されているかである
この節の核心を一言で表すと、次のようになります。
労働者に支払える賃金の総額は、自然によって固定されたものではなく、資本主義的な生産
と分配の関係によって決められている。
📌理解確認クイズ
問題:マルクスが労働基金説を批判した最大の理由は何でしょうか。
A.労働者は賃金を必要としないから
B.賃金に使われる資金は自然法則によって固定されていないから
C.すべての剰余価値を資本家が消費すべきだから
D.機械を使用すると商品が生産できないから
正解:B
労働基金の大きさは、剰余価値の分割、資本家の消費、追加資本の構成などによって変わります。
マルクスは、変化し得る社会的な分配関係を、変えられない自然法則のように説明することを批
判しました。

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