第36回資本論の学習 第1篇 商品と貨幣 新日本 68ページから70ページ1行目まで
(11) カール・マルクス『経済学批判』、六ページ[邦訳『全集』、第一三巻、一六ページ。そこでは冒頭が「交換価値としては」となっている]。
第1篇商品と貨幣
それゆえ、ある一つの商品の生産に必要とされる労働時間が不変であれば、その商品の価値の大きさは不変のままであろう。しかし、その労働時間は、労働の生産力が変動するたびに、それにつれて変動する。
労働の生産力は、いろいろな事情によって規定され、とりわけ、労働者の熟練の平均度、
科学とその技術学的応用可能性との発展段階、生産過程の社会的結合、生産手段の規模とその作用能力によって、さらには自然諸関係によって、規定される。たとえば、同じ分量の労働でも、豊作のときには八ブッシェルの小麦に表わされ、凶作のときにはただ四ブッシェルの小麦に表わされるにすぎない。
同じ分量の労働でも、豊かな鉱山では貧しい鉱山でよりも多くの金属を供給する、等々。ダイャモンドは地殻にはめったに見られないので、その発見には平均的に多くの労働時間が費やされる。
そのため、ダイヤモンドはわずかな体積で多くの労働を表わすことになる。ジェイコブは、金がかつてその全価値を支払われたことがあるかどうかを、疑っている。
このことは、ダイヤモンドにはいっそうよくあてはまる。エッシュヴェーゲによれば、一八二三年の時点で、ブラジルのダイヤモンド鉱山の過去八〇年間の総産出高は、ブラジルの砂糖農園またはコーヒー農園の一年半分の平均生産物の価格にも達していなかった。
ダイヤモンドの総産出高がはるかにより多くの労働を、それゆえ、より多くの価値を表わしていたにもかかわらず、そうだったのである。
もしももっと豊かな鉱山があれば..同じ労働分量はもっと多くのダイヤモンドに表わされ、ダイヤモンドの価値は下がるであろう。もしもほんのわずかの労働で石炭をダイヤモンドに変えることに成功すれば、ダイヤモンドの価値は煉瓦の価値以下になりうる。
一般的に言えば、労働の生産力が大きければ大きいほど、ある物品の生産に必要とされる労働時間はそれだけ小さく、それに結晶化される労働量はそれだけ小さく、その価値はそれだけ小さい。
逆に、労働の生産力が小さければ小さいほど、ある物品の生産に必要な労働時間はそれだけ大きく、その価値はそれだけ大きい。
すなわち、一商品の価値の大きさは、その商品に実現される労働の分量に正比例し、その労働の生産力に反比例して、変動する。
*1 [W・ジェイコブ『貴金属の生産および消費についての歴史的研究』、第二巻、ロンドン、一八三一年、
101ページ]
*2 [H・メリヴェイル『植民 および 植民地についての講義』、第一巻、ロンドン、一八四一年、五二ペー
ジ]
*3 [初版では次の句が続く。「われわれは いまや価値の実体を知っている。それは労働である。われわれは価値の大きさの尺度を知っている。それは労働時間である。価値にたいしてまさに交換価値の刻印を押す価値の形態は、まだこれから分析しなければならない。しかし、その前に、すでに見いだされた諸規定を、やや立ち入って展開しなければならない♪
ある物は、価値であることなしに、使用価値でありうる。人間にとってのその物の効用が労働によって媒介されていない場合がそれである。たとえば、空気、処女地、自然の草原、原生林などがそうである。
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